「愛」っていうのは、「囁き合う」ものだとずっと考えてきた。誰かに教わったのか、それとも僕自身が生活する中で導き出した答えなのかはわからない。けど、「愛」ってのは見せびらかすものじゃなく、二人で、二人だけで共有するもんだとそう思っていた。
自分の気持ちはひた隠し……きれていないとよく指摘されるんだけれど、それでも僕は、僕ら二人だけがお互いを「愛している」ことを分かっていればいいんだとばかり思い込んでいた。
君の行動は、僕の知らない世界へどんどん連れて行ってくれた。毎回驚かされたし、新鮮で楽しいとも感じていた。
初めて「愛」を「叫ぶ」って言葉を目にしたとき、僕は「周りに迷惑をかけるだけじゃないのか?」と眉を寄せた。愛をひけらかしているのを見て、疑問に思ったことも少なくない。僕は間違えているんだろうか?
胸を張って他人に君を好きだと言えないのは、行動に起こせていないのは、君を本当に愛していないからなんだろうか? 悩んで、悩んで。大好き。愛してる。愛してる。愛してる。愛して、愛して、愛して、愛して、ねえ僕を見て。ああ、ほら、僕の自己満足。反対されたり、否定されたり、それでも君を思っている気持ちは、まやかしなんだろうか。僕の存在は、君にとってただの錘でしかないんだろうか。
愛を叫んでいるつもりになって、毒のとげをばら撒いていただけだと気づく。その毒に殺されかけているのは、紛れも無く僕だ。
君は、僕を「好き」だと答えてくれた。だけど、君の「好き」と僕の「好き」は、平行線を描いていて、もう交わることは無いんだと、ぽっかり空いた心に流れ込んでくる。
僕は、自分自身が想像しているよりはるかに気が短いようだ。君が隣に居なくなってから、一秒一秒の長さに気が狂いそうになる。
こんなことを書く僕を、君は嫌いだと言ったけど、ごめんね、これだけは一生直らない。どんどん死んでいく僕を許して。
見えない君を追いかけるのを、僕はやめようと思う。好きだけど、好きだからこそ、「視覚に触れる」ことを「手が届く」ことと勘違いしてしまいそうになる。いっそ、諦めて離れてしまえば。
できれば次は、もう出会わないようにと、僕はまたリセットしてしまう。
結局僕は、「愛」を「囁く」ことすらままならない、空っぽのままなのだ。
ものを書こうとしても、暗く沈んだ塊がうようよしていて、ひっかかって、うまく前に出すことが出来ない。いつからこんな風になってしまったのだと思ったけれど、わたしはいつもこうだった。文字にすることで、だいぶ気分がすっきりする。文字に起こして改めて、自分の気持ちと戦える。今回は、長期戦に挑んでみようと思っているけれど、あの人はもう、わたしに興味なんてないかもしれない。かもしれないと、今は思っていたい。本人の言葉を聞くまでは、都合よくそう解釈しておくのだ。