糸魚川ジオパークの紹介328 早川谷5 八十八ヶ所巡り | 糸魚川ジオパークのおじさんのブログ

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日本で最初に世界ジオパークに認定された糸魚川ジオパークの魅力や出来事などを紹介します。

 糸魚川ジオパークの景勝地月不見の池ジオサイトにはミニ八十八ヶ所霊場があります。郷土の有名な僧の羅漢和尚(本名は玉瑞和尚)が長年の行脚で資金を集め完成したのが八十八ヶ所巡りと大岩石塊の間を舞台とした霊場です。和尚は西国(四国)八十八ヶ所を行脚し、各霊場の土砂を持ち帰り、その場に相当する各仏像の下に置きました。

 四国の霊場に行かなくともこの地で体験できるようにしたミニチュア版の霊場ですが、阿波国・土佐国・伊予国・讃岐国の四国の名称を取り込んでいます。

 

入り口に土地所有者の樋口家があり、ここから地獄谷・黄泉の洞窟・天掛橋・文殊坂・天狗の投げ岩・屏風岩・菩薩岩・さいの河原・胎内くぐり・鬼返し・猿の横顔・見送り岩など奇岩累々中に仏像が88ヶ所に置かれています。距離は2,000m程度ですが一回りするには最低二時間は見ておくことです。岩場にはロープ伝いや岩の底を這って潜る所もありスリル満点。四国の霊場・札所や本尊に合わせて配置してあります。

 以下、八十八ヶ所巡りの写真の一部です。

 阿波国から土佐国・伊予国・讃岐国を経て順路を一週します。玉瑞和尚が15年の歳月を掛けて完成した霊場で慶応2年(1886)に完成しました。

 

 八十八ヶ所のある土地は私有地ですので、入場前に所有者の樋口さんに(入場料200円)許可を戴いて下さい。玉瑞和尚(文化4年~明治17年1807~1884)は通称「羅漢和尚」と呼ばれ、西海大久保の庄屋 猪又家の次男でした。羽生の耕文寺で修業し、後に蓮台寺地区の昌禅寺の第十七代の住職となりましたが、一生の間、仏像造りのため托鉢に奔走した僧侶でした。蓮台寺にある五百羅漢石像は実際には555体ありますが10年掛けて天保13年(1842)完成しました。その後は更に三千諸仏の絵像を三幅の掛軸に納めるために浄財集めに7年をかけて嘉永2年(1849)に完成し耕文寺に納めました。生まれ故郷の地に巨大な自分の墓も造lり、一旦、即身成仏を図ったこともありましたが失敗し墓から出してもらったとのことです。また、塩の道や雨飾山頂上の北峰にも仏像を担ぎ上げるなど、これほどの活躍した僧侶が存在したことは郷土の誇りであります。

 

 巨岩は約70万年前頃から海谷山塊が隆起をはじめると裂けて崩壊し巨大で緩慢な地滑りにより、何万年?と言う時間をかけて此処に集積したものです。見滝・高谷根地区には滑落崖とその前にに横たわる移動地塊がありますが、今後も何万年かけて移動してくることでしょう。

 

 地滑り面を通る地下水は月不見の池や細池で湧水となり、細池は新町地区の水源として良質な水を提供しています。

 細池遺跡付近に見られる縄文遺跡は、古くから住居地とし適していたことが窺えます。

 

山口邸

 月不見の池から高谷根に向かうと、古い民家・山口邸があります。安永8年1779年:建築との事ですから約240年ほど前からあった古民家で寄棟造り、今は鉄板葺きですが茅葺き屋根でした。豪雪地帯に相応しい頑丈な構造でチョウナバリの梁、太い柱・田の字型の間取りで90cm

の高い床です。国指定の重要文化財に指定されており現在も入居されています。

 国指定重要文化財の山口邸↑↓