役員個人の損害賠償責任 | 弁護士の労働問題解決講座 /神戸

弁護士の労働問題解決講座 /神戸

労働問題で活躍する弁護士が,
解雇・残業代・労災などを解決し
あなたの権利を,100%追求する
ノウハウをblogで紹介します。

弁護士の萩田です。いつもありがとうございます。
 

過労死など労災事件で会社に責任追及する場合、社長などの会社役員をあわせて被告にする訴訟を起こすことがあります(私はしたことありませんが)。

その動機は様々です。社長が許せないという義憤によるものもあれば、会社にはお金がないが社長は沢山もっているのできちんと賠償を受けるためということもあります。

その場合、会社役員に賠償責任が発生するのか、法律的に重要な問題があります
典型的な長時間労働の過労死事件を考えてみましょう。

会社に対して責任追及する場合は、安全配慮義務(労働契約法5条)違反による損害賠償請求になります。これは主として、会社そのものが責任の主体になる法律構成です。


取締役個人の責任追及する場合、不法行為責任(民法709条)を用いる方法と、会社以外の第三者に対する賠償責任(会社法429条1項)を用いる方法があります。


いずれの法律構成を取る場合でも、取締役の注意義務違反の内容や故意過失があったのか、問題になります。


直接に労働者を指揮命令しているときには、安全配慮義務、具体的には長時間労働させない義務などが認められやすいしまた長時間労働や過労を認識していた・認識可能だったという故意過失が認められやすい。民法709条の不法行為責任です。これは主に、会社の規模が小さい場合でしょう。


対して、大規模な会社の場合、現場の労働者の労働時間を管理したり業務の指揮命令をするのは直接の上司(課長、係長クラス)であり、取締役がそもそも個々の労働者の名前さえ知らないことも多いこのような場合には長時間労働させない
義務という法律構成は取りにくく、民法709条の不法行為責任を認められるか微妙なところです。

そこで登場するのが、会社以外の第三者に対する賠償責任(会社法429条1項)。これは、取締役等がその職務を行うについて悪意または重大な過失があったときこれによって第三者に生じた損害を賠償する責任です。この、会社法429条1項は、民法709条とは別の賠償責任です。

民法709条は、被害者に対して直接に義務違反があった場合の賠償責任で、故意過失があれば成立します。

これに対して、会社法429条1項は、被害者に対する義務違反ではなく、会社に対する職務執行についての義務違反があった場合です。また、単なる過失ではダメで、重過失がないと賠償責任は発生しません。


さて、会社法429条1項で会社に対する職務執行についての義務違反ということになれば、その義務の内容は何でしょうか?

実は、過去の裁判例について、季刊労働法277号において南健悟日本大学教授が論文「長時間労働による労働災害と取締役の責任」において整理されています。
その貴重な論考などをもとにいろいろ調べてみると、職務執行についての義務とは、安全配慮体制構築義務、会社に対して安全配慮義務を履行させる義務、に収斂されるようです。直接労働時間を管理する等の義務ではなく、体制整備・体制履行義務といったら良いでしょう。

このように会社法429条1項の義務が体制整備義務になってしまうとすれば、このような義務違反を理由に責任追及できるのはやはり小規模な会社がほとんどで、大規模な会社の場合はタイムカード・労使協定・産業医制度などを通じていちおう安全配慮体制が構築されているといいやすいので役員には会社法429条1項の責任が成立しないことの方が多いでしょう。

検討してみると、民法709条でも会社法429条1項でも、役員個人の賠償責任が成立するのは結局、小規模な会社に留まることが多い、といえそうです。
最初に述べたように、会社役員個人の責任を追及する動機もあわせて、訴訟戦術として役員を被告に加えるかどうか考える必要がありそうです。