Gardianinho~polisherman diary~ -13ページ目

Gardianinho~polisherman diary~

サッカー・長万部・モノ


ご存じある有名人の口癖である。

昨日久々に観戦したユナイテッド対リバプールは、まさにその言葉がずっと脳裏によぎるものだった。

個人的な試合の感想とポイントを少し。

1)フェライニという選手

ニュースを追い続ける限り加入後バッシングを受け続けていた彼であったが、昨日の試合に関してはユナイテッドの選手の中では出来が良かったのではないだろうか。デヘアから飛んでくるロングボールの競り合いはかなり勝っていたし、時折上がってはうまくボールを納めていた。まだもっさりしている感が否めないが大分フィットしてきたのではないだろうか。それだけにクレバリーとの交代がなんだかな、だったのだが。


2)CB

この試合ではPJとヴィダというコンビ。PJはセンターバックではどうなのだろう。勿論守備はうまいけどラインの統卒という面ではかなり怪しかった。よーいドンで勝てないスターリッジやスアレスのせいで引き気味なポジショニングになるのはわかるけど、オフサイドで済ませられる場面がいくつかあった。いらないタックルでカードをもらっているだけに、もう少し成長してもらったらな、と感じる。ヴィダは退場になったので特に言及する必要はないでしょう。しかしスターリッジのダイブでなんだかな、となりましたけど。

3)ベンチワーク

負けてる試合なのに交代枠使うのが相手より遅いのはな、流石に苦しい。選択肢もイマイチ、バイタルが空いていたので香川を使う絶好の機会だったし、フラナガンの所にバレンシアかヤングを置いてサイドを制圧しに行くべきだった。良かったフェライニを下げてクレバリーだし、相変わらずモイーズの采配にはなんだかな、である。



この敗戦でCLは絶望的になったでしょう。まだシーズンは終わっていないですから、少しでも強いユナイテッドを取り戻してほしいものです。

久々の代表戦。

去年はヴォルフスブルグで長谷部が出場機会が無く、それでも代表での起用が当たり前という状況で、メディアの関心が大きい事があった。

それが今となってはビッグクラブに所属する二人、香川真司と本田圭祐がそれぞれ所属もとでの出番がほとんどないまま代表戦を迎えることになった。


結果として、彼らの悪さは顕著に表れた。前半は2人とも多くボールを触っていたが、チームとしての動きというよりも、ハッキリ言って自分が結果を残すための動きでしかなかった。


ワールドカップイヤーにもなって代表戦が出場機会のない海外クラブ所属選手のリハビリである。それもハッキリ言って彼らのエゴがチームのリズムを崩したと言っても過言ではないだろう。

結果として大迫は試合全体で孤立するハメになった。彼は何も悪くない。2人のエゴに付き合わされ、ボールが回ってこなかっただけである。


本番まで試合数が少ないというのにこんなセルフィッシュな環境があってよいものだろうか。結果は別問題として、チームの約束事が破たんされてる事が一番の問題のはず。ザックの後半のしかめっ面はうまくいってないというよりも、選手が指示を実行しない、という面の方が大きかった気がする。

キプロス戦までに、一つのチームとなっている事をとにかく祈るしかなさそうだ。
先週の出来事になるが、学生生活の締めくくりとなる卒論発表が行われた。
一応この日のため(卒論を書くことは別として)に一年間様々な努力をしてきたわけで、それを7分という短い時間にまとめるのはもったいないくらいである。

一年前はただすげーなとみていた先輩の背中も、いざ自分で一年やってみると、こんなもんかと思ってしまう。

いざ発表を終えるとあまりにそれは淡白なものであって、どこかやりきれない感があったのも確かである。

そもそもつまらないことだらけ(他の人が何やってるかなんて聞いてもわかりゃしないというのが本音であって)だし、想像以上に卒論発表というのは大して意味のないものだろうな、と感じてしまった。

一年間の努力の成果というよりは研究室の色をさらけ出すだけの機会になってたし、わかってる、わかっていない以前にやってる、やってないの議論になってる時点で意味のない事をやってしまってるという認識になってしまったのだろう。


と、徒然なるままに愚痴を書いたがしょうがない。もう終わったことだ。


論文もほぼ書き終えたのでこれから春休み…と行きたいところだが、本来の学生ならば最後の休みという事で思いっきり遊び倒すのが摂理なはずだが、どうも自分にはそんな気分が当てはまらないようである。

就活が終わっておおよそ半年でクオリティはたいしたことないが修士レベルの経験をさせてもらい、毎日を無我夢中に送っていただけに、単純に休息が欲しいと思ってしまった。それはどこか遠くへ行って遊びたいというよりもどこか静かなところで慰安したいという気持ちであったり、頭の中を空にして一日ボーっとするのが幸せだったり、というものだろう。

というわけで兎にも角にも誘われても腰が上がらないわけである。最後の休みぐらい、マイペースに、だなんて思っているかもしれない。

しばらく滞っていた趣味の時間を作れる喜びを噛みしめながら、また明日何しようと布団の上で考えてる時間に喜びを感じながら、社会人になるまでの残りの時間を有意義に過ごしたいと思う。

では、また気が向き次第。

学生生活も残り少なくなってきた。卒業論文に追われる毎日だが、ここにきて日々の積み重ねのお陰で少しは楽させてもらっている気もする。

一日当たり他人より一時間長く作業すれば、一週間で五時間、一ヶ月で…と思うと、割と早い段階で色々取り組んできた事が良かったのかな、と。


でも一年間必死に取り組んできたことも紙にしてしまえばたいしたことしてないんだな、と思うのが何だか寂しいが、まあこんなもんだろ、という気もする。

これから自分はどうなってくんだろうな、という心配が社会人スタートの時間が近づいてくる度に大きくなっているのだが、これまで転校のお陰で環境変化に耐性が付いている事を考えると、さほど難しく考える必要もないんだろうな、と楽観的にとらえている。

そもそもなぜ自分は内定先を選んだのか、と今更考えてもしょうがないが、年末高校の友人とボールを蹴りながら弾ませた会話で、何となくその答えがわかった気がしたのだ。

友人が言った「あいつはやっぱ大手行ったよね、ネームバリューだけに魅かれてさ」という一言である。
就活力だなんだとか就活してた頃は考えていたが、ふと育ち方で、人生の分岐点の志向で元々行く企業なんて決まってたのかな、と思ってしまった。

今更こんな自己分析を行ってもしょうがないのだが、自分自身は「虎の威を借る狐」タイプだと思っている。

ネームバリューが先行、でもそのネームにしがみつくのでなく、その少し下でのんびり暮らし、実力に合った事をする。

高校も大学の選択も今思うとそうであって、高校は当時は少し落ち目立ったが、県内の公立高校としては結構いいところを選んだ。ブランド力は抜群。でも実力は少し伴っていない。時にブランドの威を借り、でものんびり暮らす。高校一年の担任との面接で、自分の学力順位(真ん中ぐらいである)を見て、自分の実力が予想通りなのでこれ以上特に欲はありません、とさっぱり答えたのをよく覚えている。決してトップは目指さなかったが、何不自由なく暮らせた。

大学も、名前は立派だが学科の偏差値はそれほど高くない。高校同様、ブランド先行である。自分の学力もたいしたことないのはわかっていたので、特別な努力をせずのんびり過ごした。

ブランドトップではなく、その少し下でのんびり生きる(ただしブランドは借りれるのである)。気付いたら生成されていた自分自身の選択思考だったのだろう。

内定先も大手メーカーの下請けだ。一応上場してるのでそこまでいいとこ決まらなかったとは思ってないし、今思うと自分らしい選択だったなと思う。とりあえず4月からはこれまで通りのんびりいこうと思ってる。




さて、こんな自分の人生の岐路の話をしたのは、アクセス解析で長万部の字を目にする事が多くなってきたからである。

寮生活には少し憧れがあったが、実際部屋のメンバーを見て、マジか、と思う節もあった。でもそれは住めば都であって、いい経験になったと自負している。

きっと検索で引っかかった人は色々な思いでこのブログを拝見してくれたと思っているが、少し自分の人生を振り返ればどこに行くのか、何となく一ヶ月後の運命が見えてるかも知れません。また運命が決まった時にやっぱりな、と思うかもしれません。

過去を振り返ることは大切とは良く聞くけど、自分の傾向を振り返って、それに従って人生の選択をする事が意外と大事だったりするのかもしれません。


次の人生の岐路が何になるかわからないけど、きっとまた”少し下”な選択になるのかな。

シャルケ、インテル、ユナイテッドと、たった7,8年前の日本人にとっては想像できない(2006年のメンバーはフランクフルトとかボルトンか)所属が増えてきている日本代表。

そしてこの冬にまた一人ビッグクラブへの移籍が決まったのが本田であり、かつ彼に用意された番号はかつてルイ・コスタ、セードルフ等往年のクラッキ(名手)が着けてきたno.10。アジアのマーケティング的な魅力、本人のぶら下げるスポンサー収入、ザッケローニのコネクション等ビジネスライクな面を差し引いても、no.10というのは空き番という理由だけでは貰えない。実は日本人以上に現地では期待されているのかもしません。

彼は小学生の文集に書き綴った「セリエAで10番をつけて活躍する」という夢を果たそうとしています。

小学生の頃の夢なんてあさはかなものであったり、変わってしまうもの。この大きな夢を今まさに実現しようとしてる(実際に活躍してから実現したというべきだろう、しかしプレーすると書かない夢の具体性は流石なものである)彼の思いは相当強いものであったはずであるし、彼が時折口にする「夢を子供に」ということに対してこれほどわかりやすいメッセージはないのではないでしょうか。「思い続ければ夢は叶う」と。

一昔前にヨーロッパを中心にとある自己啓発本が流行しました。「the secret」と呼ばれるその本には成功のために必要なことが記されています(数少ない僕の所持している書籍だったりします)。その中には実現するイメージを常に頭のなかに描いておく、というものがあります。本田は常に将来の自分をイメージし、それを実行する努力をします。恐らく彼のなかではカカやバロテッリといったメンバーの歓喜の中に囲まれ、ビッグイヤーを掲げる姿をイメージしているはず。そして彼の最終目標である"ギャラクティコ"なマドリーの面子に囲まれ、白いユニフォームを見にまとい活躍する姿も。

言葉を選び大口を叩きながら、それを実行させる本田は真のプロフェッショナルなのでしょう。

日常の努力を上手く成果に持っていく。そんな簡単でそうで難しいことを本田は次々へとやってのける。

彼の入団会見で面白かったのは、直前のスカパーのインタビューで、今日の会見は英語だが、という問いに何時もの英語の勉強の時間が会見になっただけで自分の実力を試すいい機会、と語っていたところ。

本番をあたかも実力テストの位置付けにおいてしまう...成功するためにはそれぐらいの余裕が必要なのかもしれないですね。




Android携帯からの投稿