学生生活も残り少なくなってきた。卒業論文に追われる毎日だが、ここにきて日々の積み重ねのお陰で少しは楽させてもらっている気もする。
一日当たり他人より一時間長く作業すれば、一週間で五時間、一ヶ月で…と思うと、割と早い段階で色々取り組んできた事が良かったのかな、と。
でも一年間必死に取り組んできたことも紙にしてしまえばたいしたことしてないんだな、と思うのが何だか寂しいが、まあこんなもんだろ、という気もする。
これから自分はどうなってくんだろうな、という心配が社会人スタートの時間が近づいてくる度に大きくなっているのだが、これまで転校のお陰で環境変化に耐性が付いている事を考えると、さほど難しく考える必要もないんだろうな、と楽観的にとらえている。
そもそもなぜ自分は内定先を選んだのか、と今更考えてもしょうがないが、年末高校の友人とボールを蹴りながら弾ませた会話で、何となくその答えがわかった気がしたのだ。
友人が言った「あいつはやっぱ大手行ったよね、ネームバリューだけに魅かれてさ」という一言である。
就活力だなんだとか就活してた頃は考えていたが、ふと育ち方で、人生の分岐点の志向で元々行く企業なんて決まってたのかな、と思ってしまった。
今更こんな自己分析を行ってもしょうがないのだが、自分自身は「虎の威を借る狐」タイプだと思っている。
ネームバリューが先行、でもそのネームにしがみつくのでなく、その少し下でのんびり暮らし、実力に合った事をする。
高校も大学の選択も今思うとそうであって、高校は当時は少し落ち目立ったが、県内の公立高校としては結構いいところを選んだ。ブランド力は抜群。でも実力は少し伴っていない。時にブランドの威を借り、でものんびり暮らす。高校一年の担任との面接で、自分の学力順位(真ん中ぐらいである)を見て、自分の実力が予想通りなのでこれ以上特に欲はありません、とさっぱり答えたのをよく覚えている。決してトップは目指さなかったが、何不自由なく暮らせた。
大学も、名前は立派だが学科の偏差値はそれほど高くない。高校同様、ブランド先行である。自分の学力もたいしたことないのはわかっていたので、特別な努力をせずのんびり過ごした。
ブランドトップではなく、その少し下でのんびり生きる(ただしブランドは借りれるのである)。気付いたら生成されていた自分自身の選択思考だったのだろう。
内定先も大手メーカーの下請けだ。一応上場してるのでそこまでいいとこ決まらなかったとは思ってないし、今思うと自分らしい選択だったなと思う。とりあえず4月からはこれまで通りのんびりいこうと思ってる。
さて、こんな自分の人生の岐路の話をしたのは、アクセス解析で長万部の字を目にする事が多くなってきたからである。
寮生活には少し憧れがあったが、実際部屋のメンバーを見て、マジか、と思う節もあった。でもそれは住めば都であって、いい経験になったと自負している。
きっと検索で引っかかった人は色々な思いでこのブログを拝見してくれたと思っているが、少し自分の人生を振り返ればどこに行くのか、何となく一ヶ月後の運命が見えてるかも知れません。また運命が決まった時にやっぱりな、と思うかもしれません。
過去を振り返ることは大切とは良く聞くけど、自分の傾向を振り返って、それに従って人生の選択をする事が意外と大事だったりするのかもしれません。
次の人生の岐路が何になるかわからないけど、きっとまた”少し下”な選択になるのかな。