昨夜の娘とのLINE電話、微妙な空気で終わった。毎日の食事作りには絶対手を緩めない娘。昨日夕方LINEをつなげたときもとても疲れた顔をしていた。にも関わらず「買い物行かなきゃ〜」とフラフラしながら(見てはいないので想像)近所のスーパーへ。言いたいことをグッと堪えて、心配しながらも「見守る」とした私。


 夜、娘から送られてきた夕食の写真👇




 はい、頑張った!ここまで良かった。


 が、時間が少し経っていつもの家族のLINE電話ではピリピリした様子で「動きだしたところなんだけど何?(怒)」「洗い物しなきゃいけないの!」。続いてネガティブ発言「やっぱりボランティアしたいな。コミュニケーションが少なすぎてヤバいと思う。寂しいし」だと。明らかにいっぱいいっぱいになってる。


 頑張っているのはわかる。わかるけど、いつも目的から少しずつずれていく。そして、そのずれた行動もまたずれている。例えば、自炊も「ママみたいにやらなきゃ!私だってできるんだから!」という意味不明な対抗心が垣間見える。意地になってるというか、プライドが高いというか。その結果、疲弊する。私から言わせると、頑張らなくていいところを頑張って勝手に疲れて目的から遠ざかり、できなかった自分に落ち込む…。自分の限界や今はまだできないことを受け入れられない。そこが娘の課題でもある。


「やっぱりボランティアしたいな。コミュニケーションが少なすぎてヤバいと思う。寂しいし」


→これも疲れたことによるネガティブ発言である。いや、あんた、そんなに毎日疲れてるのにいつボランティアに行く余裕があるっての?どれか手を緩めたり妥協したりするしかないでしょ?



 「見守る」と宣言した夕方のブログから夜には「凝り固まった考えで全部を完璧に目いっぱいやろうとしたらもたないよ?何が目的なのか考えろ」的な発言をした私。娘は「わかった、気をつけます」と、あの口調は納得してない。もう勝手にしろー。少しずつ伝わっていることと、まだまだ伝わらないことある。最後に判断するのは本人。でも、いつも謙虚に、聞く耳を持つ人であってほしいと思う。


 疲れももちろんあるが、ピリピリして余裕がない大きな原因はわかっている。今日、転校した先の塾で初めて「個別指導」があるのだ。つまり、講師と「はじめまして」である。「どんな人なのか」「恥ずかしいことしちゃわないか」「うまく答えられなかったらどうしよう」とかなりナーバスになっている様子。初めてのこと、創造がつかないことに相当なストレスを感じるところは幼少期から変わることはない。とにかく失敗するのが怖い。いや、誰だって怖いんだけど、娘の場合は神がかり的なレベルである。いつも、大騒ぎで家族中が巻き込まれる。あ、書いていて改めて思った。やっぱり今回もこれが大きな原因なんだな。だとすれば、今日「はじめまして」が済んで、どんな人か大体わかれば安心して落ち着くだろう。


 ハッキリ言ってめんどくさいし、大げさだなと思ってしまう。講師なんて相性悪ければ変えてもらうだけじゃん。でも、それが娘の特性。理解して受け入れてあげないといけないのもわかってる。


 でも、これからは今までの「共依存」の反省を生かして「これは娘の課題。私にできることは話を聞いてあげることくらい」とする。今日は下手に連絡をとらないでおく。娘よ、自分と大いに向き合って乗り越えるんだよ。


 ワンコの散歩でまずはスッキリした!さぁ、次はフィットネスで汗を流してこよう!