芝居の稽古でやった筋トレの影響でガタピシする身体を引きずりながら、今日はまた頑張って三回まわしの余興をこなしてきた。
帰り、なんばから地下鉄に乗って梅田へ…。
梅田からはJRでも阪急でも帰れるのだが、今日は気分で阪急電車の特急に乗る。
高槻市で各停に乗り換えて、シートに座ってホッと一息ついていると…何だかウナジの辺りが、変にくすぐったい。
汗でも流れてきたのかとサッと首筋に手を伸ばすと…指が何か、カタイようなヤワラカイようなものに触れるではないか!
「虫だ!!」と思って、反射的にその物体を指で払いのけたのだが…別に飛び立った様子もない。
ウナジにも何もいない。
ひょっとして虫ではなくて、たまたま何か小さい金具みたいなものが汗で首筋にくっついていて、払いのけた弾みに下に落ちたのかも知れないな…などと悠長に思っていると、今度は再び、右頬の辺りに違和感を感じる。
「間違いない、虫だ!!!!」
…もうこうなったら、なりふりなど構ってはいられない。気も狂わんばかりの勢いで、僕は右頬の異物を払い落とした。
ズボンの上に落ちた‘ソレ’を見て、僕は危うく「うぎゃあぁ!!」と、世にもカッコ悪い悲鳴を上げそうになった。
テントウ虫なんかよりずっと大きく、またグロイそいつの正体は…何と、カメムシであった。
吐きそうになりながらズボンから振り払うと…奴は僕の周りの乗客を一通り驚かせた後、どこかシートの下に姿を隠してしまった。
そうこうするうちに…漂ってきた。
あの、少年時代によく嗅いだ、しかし何の郷愁も呼び起こさない…甘ったるいような青臭いような…あの独特のニオイが!
しかもそれが、自分の右頬から漂ってくるというこのやりきれない気持ち…分かって下さるだろうか?
心底気分が悪くなって、席を変わろうと鞄を持って立ち上がったその時…あろうことか奴は、それまで隠れていたシートの下から急にパッと飛び上がったかと思うと、今度は僕の衣装鞄に‘ピトっ’とくっついたではないか!!
コイツはどれ程、僕のこと好きやねん!
…あぁそうか。
お盆は過ぎたけれど、ひょっとしてコイツは子供の頃僕をずっと可愛がってくれた、僕のおばあちゃんかも知れない。
おばあちゃんが心配して、きっと僕に会いにきてくれたのに違いない。
…と、そんな感傷的な事を思う間もなく、僕はそのカメムシを鞄から蹴り落とし、思いっきり電車の床に踏み付けてやった。
そしてカメムシ臭を漂わせながら、いつもより淋しく家に帰った。