「稲荷俥」という噺は、持ちネタの中ではまだ比較的最近やり始めた演目なんですけど……やればやる程、このネタが好きになっていきます。
決して派手なギャグやクスグリがある訳ではなく、また人情噺みたいに感動できるという訳でもないんですが、何とも言えないほわっとした空気感の漂う、ある意味とても落語らしいネタだと思います。
まず美しいのは、その情景描写。
どんよりとした天候。
ひと気のない、夜の高津神社の表門辺り。
産湯までの真っ暗な道のりを走る人力車。
俥屋の住む長屋。
その古びた長屋で開催される、細やかだけど賑やかな宴会。
そこから漏れる明かりと、三味線の音色。
現代には失われてしまった明治時代の風景が、ふんわりと浮かび上がってきます。
また「金縁の眼鏡」とか「茶色の中折れ帽」とか、「シャツのボタン付け」とか「帽子のリボン付け」とか、「ハンカチ」とか「香水」とか……そういう明治時代を感じさせるキーワードがたくさん出てくるのも、このネタをモダンな印象にさせている大きな要因です。
そして、人物描写もとても温かい。
愚直すぎるぐらいに正直な俥屋。
そんな俥屋に少しイライラしながらも、優しく支える女房。
いたずら心を失わない、子供のような紳士。
恐らくは主人公の俥屋に負けないぐらい、愚直で不器用で……でもきっと善良な人達であろう、長屋の面々。
そんな彼らに信頼されている、家主の米屋さん。
“アホの喜六”みたいな強烈な個性がある訳ではありませんが、「またあの人達に会いたいな」と思わせる、魅力的な登場人物達です。
僕ももう50歳になりましたんでね。
こういうネタを、ほわっと演じられるようになっていきたいですね。
もちろんネタによっては、まだまだ大暴れしますけども。
まぁ僕自身が、ギャップに萌えるタイプなんでね。
いいですよね、ギャップのある女の人って。
……あ。話が逸れましたんで、今日はこの辺で。
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