第三話『ドライヤー』
商業演劇界で活躍している、ある友人の話。
彼は霊感が強いらしく、劇場の舞台袖や奈落で、よく奇妙なものを見掛けるのだそうだ。
一度などは開演中の舞台袖の隅で、逆さまになった人の首が、独楽のようにくるくる回っているのを見たという。
そんな彼と、大阪の一ヶ月公演の舞台で共演した時の事。
東京住まいの彼は、大阪公演の時はホテル滞在となる。
終演後二人で飲みに行った時に、彼がボソッと「夕べは怖かったよ」と言う。
酔うとよく正体をなくす彼の事…また酔っ払っての失敗談かと、てっきり僕はそう思っていた。
ところが、彼はこんな事を語り始めた。
夜、ホテルの部屋で風呂から上がって、鏡の前で濡れた髪にドライヤーをあてていたという。
彼は長髪の持ち主である。
丁寧に髪を乾かしながら、見るともなしにドライヤーの吹出し口が、鏡越しにチラッと視界に入った。
途端に彼は、ドライヤーを取り落としたらしい。
何と、ドライヤーの吹き出し口の奥からじっとこっちを見つめる‘目’と、視線が合ったのだという。
「ほんと怖かったよ…」
それを聞いて、当時ドライヤーには縁のない丸坊主頭だった自分を、心底幸せに思ったものだ。