【自分の無知に気がつく時】〜「既知の常識」を手放すと見えてくる生命の奇跡〜 | 手愛手・te-a-te〜手からはじまる愛と自己覚醒の道

手愛手・te-a-te〜手からはじまる愛と自己覚醒の道

整体・ヒーリング歴25年。無垢の手で触れ合い、命の安心感と自己信頼へ還る「手愛手(te-a-te)」。南伊勢のサロン(熟手調整・いのちの帰還)や、毎年開催のモロッコ・砂漠リトリートを通じ、手から始まる自己覚醒の智慧を発信します。遠い目覚めへ、一番近い手から。

 

 

こんにちは。

 

手から始まる自己覚醒の道〜手愛手メソッドの河野修一です。

 

 

「生命(いのち)」という存在は、 考えれば考えるほど、奇跡そのものではないでしょうか。

 

 

世間ではよく「子供を作る」とか、「野菜を作る」と言いますが、 本当の意味で「いのち」そのものをゼロから作り出せる人は、この世に誰もいません。

 

 

生命は、単なる肉体や物質のレベルを超えた、 もっと多次元で、途方もなく豊かなエネルギー的な存在です。

 

 

しかし、わたしたちは時として、 この生命という広大な「未知の世界」を、 自分が知っている「狭い尺度」だけで測ろうとしてしまいます。

 

 

それはたとえば――

 

「生まれつき部屋の中から出たことがない人が、壁に開いた小さな穴から外の景色を見て、『これが世界のすべてだ』と思い込んでいる」ようなものかもしれません。

 

 

あるいは、「1枚の観光地図だけを持って、『地球のすべてを知り尽くした』と錯覚している」ような状態とも言えます。

 

 

その「小さな穴」や「手元の地図」にあたるのが、わたしたちの「既知(すでに知っていること)」です。

 

 

もちろん、現代の科学、医学、栄養学などは素晴らしい知見であり、わたしたちの視野を広げてくれました。

 

 

けれど、それらも生命の全体から見れば、ほんの一握りに過ぎません。

 

 

「自分が知っていること(既知の枠)」だけに執着し、 それ以外を排除しようとするとき、わたしたちは無意識のうちに「無知と傲慢」という底なし沼にはまってしまいます。

 

 

生命には、わたしたちの頭(思考)の理解をはるかに超えた「無限の可能性」が秘められています。

 

 

正直に言って、わたしたちは生命について、まだまだ何も知りません。

 

 

「自分はすべてを知っているわけではない」と素直に認め、 自分の思い込み、先入観、そして「こうに違いない」という決めつけをそっと外してみる。

 

 

その「既知の枠」を広げた分だけ、あなたの人生の可能性、身体の癒やしの可能性、そして医療の可能性も、 どこまでも優しく拡がっていくはずです。

 

 

そう思いませんか?^^

 

 

覚えておいてくださいね。

 

 

癒しとは、既知の枠を広げること、つまり、「気づき」から始まるのです。

 

 

 

 

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モロッコの南部に広がるサハラ砂漠は、

「より制限のない思考に自分が開かれて」いく、特別な場所です。

 

 

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▼手愛手メソッドの創始者、ヒーラーである

河野修一と行く13回目のモロッコ・リトリート