こんばんは。だいぶ風邪の症状が落ち着いて来ました。忙しい中、合間を見て女将さんや従業員の方が代わる代わる様子を見に来て下さったり、看病していただいたお陰です。よくこのブログの記事にも出てくるここの旅館の女将さんは旅館の社長さんの孫娘。自分よりも二回り以上も年下で親子くらい歳が離れているのですが、まだハタチそこそこの若い娘さんとは思えないくらい落ち着きがあってしっかりされた方。立場上、彼女が直属の上司で、(自分は独身で子供は居ませんが)自分の子供くらいの年頃の娘さんの下で働く事に苦痛を感じないのは彼女が誰に対しても朗らかで気さくな女性だからでしょうね。一見くだけたようで、しかしながら仕事上の立場に関係なく自分よりも年上の年長者を敬う態度や姿勢、年下の上司の下で働く年上の部下の複雑な心情を察して相手を気遣う真面目さが伺える事から、自分もそんな女将さんの部下として「この人の下でなら働きたい」と心から思います。年下の小娘に使われて苦痛どころか、こんなクズキワオヤヂの自分よりもよっぽど人間の出来た彼女をむしろ尊敬しています。詳しい事情は知らないし、無理に聞きもしませんが、女将さんは母子家庭で先代の女将さん(つまり今の女将さんの母)が2年ほど前に白血病で亡くされ、その跡を継いだ彼女は関東の短大を卒業され、内定も既に決まっていたのにそれを蹴って地元に帰ってきて女将さんになってまだ2年も経っていないそうですが、中学生の頃から旅館の手伝いで仲居をしていた経験と、幼い頃から女将だった母の仕事振りを見て育ってきた下地があるからなのか、もう何十年も女将さんをやってるベテランのような風格すら漂わせる彼女はハタチちょいで既にコレですから、将来は凄い女将さんになるんでしょうね・・・。髪を下ろした私服姿の時の女将さんと話すと年相応の今時の女の子になるんですから、女性って不思議な生き物ですよね。自分よりも高学歴でずっと若いのに責任の重たい女将としてバリバリ働いて活躍する彼女を見ると、それに比べて自分は何と情けない事か・・・。「自分はこれまでの人生(覚えてないけど)何をしてきたんだ」と、自分が恥ずかしくなります。根本的に自分と彼女とでは人間の出来が違い過ぎますね・・・・・・。
こんにちは。実は2日前から風邪でダウンしてしまい、仕事を休んでおります。ちょうど今はちょっとだけ忙しい時期でして、旅館はバタバタしております。本来なら「自己管理が出来てない」「忙しい時にダウンしやがって」「契約社員の分際でこれくらいで休むな」と、旅館から怒られても仕方がないところなのに、ここの旅館の社長さんや女将さんを始め、従業員の方が皆優しい人・良い人ばかりで、直属の上司になる女将さんが忙しい中、合間を見て自分の様子を見に来たり、お粥などを持ってきて食べさせてくれます。自分はこの旅館で働き始めて随分経ちましたが、怒られたのは実は一度だけしかなく、その怒られた理由もアルバイトで働き始めて最初の1ヶ月の頃に体調が悪いのに倒れるまで無理して働いた(自分の身体や健康を大事にしなかった、自分1人で抱え込んで他の従業員を信じて頼らなかった・助けを求めなかった)事です。仕事をミスした事や自分の至らなさ(能力不足)で怒られた事は一度も無かったです。自分は雑務員ですが、接客業で働くのは初めてでして、他の従業員が忙しくて手が離せない時にたまにお客さんの応対をしますが、接客に関しては結構ミスしてますし、旅館にも迷惑を掛けています。それならいっそ怒鳴られたり、叱られたりした方が心がラクなのに、なまじ周りの人から親切にされたり・優しくされたりすると他人から向けられる好意(厚意)に慣れていない自分はそんな環境に戸惑い、妙に落ち着かないんですね。きっと昔の自分は今の温かい環境とは真逆の冷たい環境でずっと生きてきてたんでしょうね。「こんな縁もゆかりもない行き倒れだった人間のために何故そこまで親切に優しくしてくれるのか」「こんな優しい人たちのいる温かい場所に自分は居てもいい人間なのか」「こんな幸せが何時までも続くわけがない」「この環境に当たり前として慣れてしまう自分が怖い」・・・など、いろいろ思うところがあります。自分は過去の事が思い出せないんですが、そんな記憶の無い自分にも唯一分かるのは自分の中にある他人に対する無意識の恐怖や不信──何の根拠も無いのに「自分は人の悪意や蔑みに常に晒されているのではないか」という疑心暗鬼──が何の前触れもなく突然頭の中を覆い尽くす事があります。もちろん、今の自分には記憶が無いので、過去の自分に何があったのか、どんな辛い思いをしてきたのか、具体的な事は何も思い出せません。正直、過去の悪い記憶はこのまま忘れたまま墓場へ持って行った方が何度も自殺未遂を繰り返し、ついこの間の失踪で本当に死ぬ一歩手前だった過去の自分、そして今はの自分のためにも思い出さない方がいいのかもしれません。過去の自分が自らの記憶に“蓋”をしたのに、欠落した記憶を取り戻したいと考える今の自分がもし無理にその蓋をこじ開けたら・・・記憶を取り戻した瞬間にまた自殺衝動に駆られて次こそ本当に死ぬかもしれない──そんな恐ろしい予感がしてなりません・・・・・・。
こんにちは。今日は休みなんでちょっとだけ話を。最近、ちょっと悩んでいる話。実は最近、人の名前がなかなか思い出せない事に悩んでおります。元々(昔の自分から)なのか、自分は人の顔と名前を一致させるのが苦手なものでして、外を歩いていて“自分を知っている人”から声を掛けられても名前云々以前に顔も思い出せなくなる事が多々あります。40代後半にしては既に60代くらいに老けて見える自分は外見に比例して中身も老けてきているのではと考えましたが、たぶん、山梨で拾われる前に頭を怪我した時に打ち所が悪かったのか、昔の記憶だけじゃなく、そういう人の顔と名前を一致させる部分の記憶力が悪くなってるのかもしれません。そんな事もあって、よく「お宅はどちら様ですか?」「すみません。もう一度お名前を伺っても宜しいですか?」と何度も聞いてしまいます。このせいで相手の気分を害し、不快な思いをさせてしまうのが嫌で、山梨に居る時も広島に帰って来た時も外出時は帽子やサングラス、マ スクをして顔を隠し、自分を知っている人から自分だと気付かれない・顔を合わせないように生活しています。そんな理由もあり、アメブロに復帰した現在も向こうは自分を知っているけど自分は知らない読者様からのコメントやメッセージが来るのが怖く、コメント欄やメッセージは閉じた状態にしております。もう、昔の思い出や旧交を温めて語り合う事が出来ない(思い出せない)自分には、付き合いのあった読者様に合わせる顔がありません・・・。本当にすみません。どうもごめんなさい。こんな自分を許してください・・・。
こんにちは。昨日は二日酔いでダウンして初日は寝正月になってしまいましたが、「今日こそは地元の神社に初詣に行くぞ!」という事で朝早ようから行ってきました。地元の神社、5年前の土砂災害で被害に遭い、社務所は完全に流されて倒壊してしまったらしく、去年(平成30年の秋)になってようやく神社の本殿が修繕、併せて地元の神社が周辺の神社を合祀して今の神社になってもうすぐ100年となる百周年事業の一環で石畳は化粧直しされ、この災害を機に社務所は新築で現在再建中。これもあってか地元の神社は初詣や夏祭り、秋祭りには最盛期には及ばないものの賑わいを取り戻し始めてきたのだとか(※従姉の談)。神社って単なる宗教施設ではなく、地域社会の中にあって人が集まり、交流し、賑わいを生む社交場(コミュニティー)としての役割や機能もあるため、何にもないこんなド田舎でも神社の存在は欠かせません。過疎化が進んで人の流れが流動化し、昔からの地の人間が減って神社が荒れてしまうと土地だけでなく、これまで築き上げてきたその地域毎の伝統や文化、習慣、そして人の心まで一気に寂れてしまうような気がしますので、地域の結び付きが希薄化しつつある今の時代だからこそ、こうして地域住民の中で再び地元への愛郷心が高まり、地域社会における神社の役割が見直され、一度は寂れつつあった地元の神社に人々は再び足を運ぶのは良い事だなぁと思います。自分は昔の記憶が無いから地元の神社の事はよく覚えていないけれど、自宅からも最寄りの氏神神社、小さくて大して有名では無いものの地元ではそれなりに歴史のある場所には違いありませんので、広島に帰ってきたら折りを見てまたお参りすると思います。
こんばんは。遅ればせながら明けましておめでとうございます。昨日(日付が変わってたから今日)は夜遅くまでお酒を飲みながらDVDを観ていたので完全に二日酔いと朝寝(午前7時過ぎ)になってしまい、夕方5時くらいまでリビングで爆睡。元旦は寝正月で潰れてしまいました・・・。今日は自宅に帰って初めて仏間兼和室ではなく、“自分の部屋”で寝ます。寝っ転がってみましたが、旅館での住み込みは畳敷きの和室で布団を敷いて寝ているので、自室なのに落ち着かない、慣れないベッドで寝られるか不安です。あ、話は変わりますが、昨日買ってきた年末最後のパトロール中に購入した戦利品の一部です。 本当は3倍のスピードを誇る赤い人のが欲しかったけど置いて無かった・・・。
こんばんは。平成30年も30分を切りました。過去の記憶が抜け落ちている自分にとって平成30年という年は色々な事がいっぺんに起きた年で、正直慌ただしかったです。ただ、こうして平穏無事に広島の自宅でゆっくり過ごせる事に小さな幸せを感じています。平成最後の年末はプラモも買い漁った、豪勢なメシも食った、美味い酒も飲んだ・・・言う事は無いです。ブログに復帰したのが12月も中頃を過ぎた頃で、25日から昨日まで間が空いてしまい、今年はロクに記事を書けませんでしたから、来年はもっと自分が今思った事、感じた事、話したい事をいろいろ書いていけたらいいなと思ってます。誰もこんなつまらいブログを読んでる方はいらっしゃらないとは思いますが、読者の皆様、良いお年を。
こんばんは。今しがた山梨から帰ってきて今は広島の自宅にてくつろぎながら記事を書いております。本当はもっと早く広島に着くはずだったのですが、帰省ラッシュで人出が多いのに向けて大雪の影響で新幹線が遅延したため、こんな時間になってしまいました・・・。玩具・模型店、家電量販店をパトロールしたかったのに(泣)明日は食材の買い出しならぬ今年最後のプラモ漁りに絶対に行きます。あ、ちなみにYouTubeの動画は特に何の脈絡もありません(笑)広島の路面電車(広電)の車窓から見る街の風景、市街地から郊外へと景色が変わっていくの大好き。
こんばんは。山梨に帰ってきました。クリスマスプレゼントじゃありませんが、自分へのご褒美にガンプラを買っちゃいました。購入自体は2日前(23日)です。車を持ってない(※そもそも免許を持ってない)し、杖突いて歩くから持って帰るのがブチクソ大変でした・・・。購入した帰りの途中は広電と汽車だったけど、休日で最寄りの駅から実家(約10キロ)までバスが走ってないから、駅でタクシーを拾いましたよ。さすがに山梨には持って帰れないので実家に置いてきました。そもそも平成最後のクリスマスシーズンの買い物がガンプラというのは端から見ればあまりにショボく映るでしょうし、アラフィフのオッサンが自分へのご褒美を自分で買ってる時点で寂しい人決定なんですが、自分が満足してホクホク気分ならオールオーケー。これでいいのだ。さて、次は来週の31日の大晦日に広島に来ますよ。
こんばんは。世間様はクリスマスイブですね。自分は特にクリスマスイブに何か特別な事をしたり・・・という事もなく、いつも通り普通の日々を送りました。クリスマスを祝う習慣が我が家にはないらしく、夜のおかずにケンタと自家製のお好み焼き(洋風仕立て)を食べ、食後のデザートに少しお高いシュークリームとカルピスが出るくらいなものです。ただ、それはあくまで“我が家の習慣”であり、昔の私は親戚や児童福祉施設の子供たちに差し入れのオードブルやクリスマスプレゼントを持ち寄って普通にお祝いしていたそうな。 まぁ、自分なんかは表面的に仏教徒を称しながら実際は無宗教な人間なんですが、仏教の教えに【クリスマスを祝っちゃいけない】なんていう戒律はありませんし、宗教的な意味合いは無く、ただの冬のイベント(レクリエーション、ホームパーティー)としてやる分には好きにされたらいいじゃないかという立場ですから、昔の自分もそう割り切ってたんだと思います。神様も仏様も一色だにされ、良く も悪くも宗教に対してアバウトなこの現代日本では別に他人様に迷惑を掛けなければクリスマスは自由にされちゃったらいいです。自分の中でクリスマスシーズンは鶏の揚げ物とスイーツ、ジュースを飲み食いする日、自分へのご褒美をプレゼントする日・・・・・・クリスマスの習わしに厳しそうな敬虔なクリスチャンがこんな自分を見たら泡吹いて卒倒するでしょうね。





