どうもこんにちは。
5月20日から7月7日までの間しばらくブログを放置し
読者様へのお返事が遅れた理由について今日お話ししたいと思います。
実は3ヶ月前にわたくしの息子が急死しまして
先月は西日本豪雨で避難していたことから
パソコンを立ち上げてブログを確認するどころではありませんでした………。
息子の四十九日法要も先月の10日に滞りなく執り行われ
それから1ヶ月が過ぎ、管理人の生存・再会を経てようやく一段落が着き
お話し出来る心境になってきたことから
今になって事後報告と相成りました。
亡くなったのは高校3年の息子(長男)で
5月20日の記事から3日後(23日)にバイク通学中に交通事故に遭い
直ぐに病院に運ばれるも死亡が確認され、18歳でこの世を去りました……。
奇しくも7月10日の四十九日はちょうど管理人の実父──
つまりわたくしの伯父の祥月命日でもあり
息子と一緒にお寺さんにお経を読んでいただきました。
息子は5月5日の子供の日に18歳の誕生日を迎えたばかりで
自動車の免許をずっと欲しがっていたあの子は誕生日の翌日から
学校とバイトの合間を見ながら自宅から約35キロ(※学校からは約12キロ)も
離れた自動車学校に狭くて険しい県道を雨の日も毎日原付で通いました。
免許を取ったらガレージに保管している緑色のジムニーを管理人から譲り受ける約束で
半身麻痺で免許返納をせざるを得なかった管理人を元気付けるため
自分がジムニーを運転して管理人をドライブに連れて行く日を楽しみにしていた息子。
自動車学校に入ってまだ1ヶ月もしないうちにこのような不幸な事故に遭い
帰りを待っていた管理人とも遂に再会することなく無念のまま亡くなり
息子は死んでも死に切れないと思います……。
しかし、それ以上にわたくしが不憫に思うのは下の高校1年の次男。
兄弟仲が良かっただけに兄を亡くしたストレスから次男はノイローゼ気味になり
あれだけ大人しくて優等生だった次男が暴言を吐いたり
些細な事でカッとなって物に当たったり、壁やドアを殴る蹴るで穴を空けたり
学校も休みがちになって登校拒否に陥りまして
多感な年頃とも重なって次男はすっかり生活態度も心身も荒んでしまいました……。
そして最近は寝たきりに近付きつつある高齢の祖父(110歳)も
昨年は管理人の母親(私の義理の伯母)の死に続き
曾孫の突然の交通事故死が相当にショックだったようで
「死に損ないのわしは無駄に生き長らえ、曾孫は若い命を散らす不条理さが歯痒い…」
と、祖父にとっては初曾孫だった息子の死をとても悲しんでいました……。
息子の急死による悲しみが家族の心、家庭内に広がる一方で
息子は生前、管理人やご先祖様の昔話の影響からか、原付の免許証の裏に
臓器提供の意思表示欄に署名していまして
原付の免許を取った直後にあの子はわたくしに
「自分がもし死んだら臓器提供をしたい」
「日本は臓器提供を受けられずに死ぬ人が多いからその時は助けてやってほしい」と
臓器提供の意思を家族に示していました。
これに対してわたくしたち家族としては息子が生前に遺した意思を最大限に尊重し
予め提供部位をチェックされていた部位
角膜も含め心臓死に限り提供出来る部位全ての臓器提供を行いました。
息子は18歳という若さで無念のうちに亡くなりましたが
あれだけ普段はヤンチャだった子が最期の最期は一人の人間として
人の命を救うドナーとなり、並大抵の人にはなかなか決断出来ない社会貢献をし
知らないうちに“立派な大人”になっていた息子をわたくしは母親として誇りに思います。
息子を亡くした現実をまだ正面から受け止め切れてはいませんが
息子の陽気で明るかった性格とそんな息子をドナーとして社会に送り出した事で
不思議と悲しさはあまり感じなくなり
息子はもう既にドナーを待つ人に移植されて今はその人に第二の人生を与え
その人の中でずっと生き続けている──
そう思うと、どこか“誇らしい気持ち”のわたくしがそこにいることを
四十九日を終えた今、確信しております。