今日は日本軍がハワイの真珠湾に奇襲攻撃を仕掛けて米英に宣戦布告し、太平洋戦争が勃発した日。
毎年この日になるとじい様が酒に酔った勢いで南方戦線での従軍体験をよく話してくれる。
日中戦争での中国戦線から帰還して1ヶ月もしないうちに太平洋戦争が始まり、その日はちょうどばあ様と籍を入れたばかり。
結婚式を挙げる暇もなく南方作戦への出征命令が出て、1947年の春にフィリピンのマニアにあった捕虜収容所から出所・復員するまでの5年以上、南方で相当苦労したそうだ。
でも、じい様はこの戦争で一番辛かったコトは「アメリカに渡った同郷の仲間や親類(従兄弟や甥)がアメリカ軍に志願して敵同士になってしまったコト」「人間が人間らしい感情を失い、心が壊れていくコト」「多くの仲間や部下を結果的に見殺しにしてしまったコト」だったと、いつも嗚咽を漏らし、涙目にそう語っていました。
「戦争も最後の頃になると死んだ方がラクだったよ。生きてる方が地獄だった。死んだ仲間たちの死体を見て悲しむでもなく“羨ましく”思ったくらい、一時は気が狂いかけたコトもある。それくらいあの戦争は酷い有り様だった。人が何十人死のうと、何百という死体がそこにあってもただの“石っころ”くらいにも感じなくなっていたわしらは今にして思えば恐ろしいコトだよ」──そんな数々の耳を覆いたくなるような凄惨な戦争の実態を聞くと、戦争の惨さがひしひしと伝わってきます。
実際にあの戦争を最前線で体験した元軍人の生の証言は再現ドラマや映画とは違う現実味があり、そういった生き証人の体験談を直接聴ける最後の世代として、今年で106歳になったじい様の話は聴けるうちに何度でも聞いておかなければ…。
じい様が話の終わりにいつも言う言葉──「人を殺め、その屍を踏み越えていった者にしか分からない、一生消えるコトのないこの罪悪感や苦痛を孫のオマエやその先の未来の人たちに二度と味わって欲しくない。戦争だけはするな。戦には絶対に行くな」──この言葉の意味するものはとても重たい…。
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