日本大使館、あるいは反日デモ
2012年8月23日(木) 連日の雨も一服つき、気温も朝晩は肌寒く感ずるほどに下がった。朝のうちわずかに小雨がパラついたものの、今日は晴れたり曇ったりの一日だった。 渋々ながら、チョンノ(鐘路)にある日本大使館の領事部を再訪する。 先日、日本大使館本館が見つからなかったのはまさに灯台下暗しで、慰安婦記念像の後方にある高層ビルではなく、通りをはさんだ反対側にある建物が日本大使館であることが分った。記念像が大使館「前」にあるという先入観でこの前は記念像の後ろばかり見ていたのだが、像に向って「前」ではなく、まさにその像が見ている方角に「前」なのだった(通りをはさんだ場所に記念像を建てるくらいのことが、だから日本の某メディアが伝えていたように本当に「不法」なのかどうか、私にはますます怪しく思われる)。 それにしてもすぐ近くにある建物に気づかなかったのは、その周辺を強面(こわもて)の機動隊員が取り囲んでいたことに加え、写真1枚目にある大使館の建物が余りに地味な外観であったことも影響していたに違いなく、正直もう少しマシなデザインにはならなかったのかと思わざるをえない。とは言え、大使館の存在(一応国旗も掲揚されていたに違いない)に全く気づかなかったのはやはり私自身の注意力のなさによるところが大きく、おのれの不甲斐なさを情けなく思うしかない。 領事部に向う途中、まだ大使館の建物が見えないうちから拡声器を使った大きな声が聴えてきたので、おそらく反日デモが行われているのだろうということがすぐに察せられた。実際、大使館のある通りに出ると、周辺にはデモをする人たちや報道陣、そして私のような野次馬で大いに賑わって(?)おり、彼らを包囲するようにして機動警察隊に属する隊員たちが大勢警備にあたっていた。 従軍慰安婦記念像の後ろにある高層ビルの下にも機動隊員が立ち尽くしており、あいにくそのすぐ近くを通って行かないと領事館の入っている建物には行くことができないのだが、一旦引き返して別の方向から行こうにも道がよく分らないこともあって、私はやむなく機動隊員やデモ隊のすぐ横を通り、写真を何枚か撮りながら領事館に向っていった。 幸い今日は暑くもなく、雨も降っておらず、デモをするには最適の日だったと言っていいだろう。すぐ近くでは社会見学か何かでその周辺を訪れている中学生が休憩中で、遠めにデモの様子を見ながら談笑していた。すぐその横を通る私が日本人だと分ったら彼らはどういう反応を見せるのだろうかと思いながら、私はゆっくりと領事館のある建物に向っていった。 2、3枚目にある垂れ幕に書かれているのは、「日本の独島侵奪野慾と歴史歪曲を糾弾する!!」。2行目はいささか小さい文字で「大韓民国特殊任務有功者会 "私は今日、祖国のために何をしたのか!!"」である(細かいニュアンスには自信がないが…)。写真にもチラッと映っているように会場(?)には黒と鼠色の迷彩服(?)を着たおじさんたちがたくさんおり、この人たちがこの「大韓民国特殊任務有功者会」の方々なのかも知れない。見た目だけからすると軍事オタクのオッサンか日本の右翼団体員とほとんど変りなかったのだが…。 私の語彙には「野慾」という言葉はないのだが、「感じ」を残すためにあえてそのままにしておいた(手元にある韓日辞典によれば「1.身分不相応な欲望、2.野卑な情欲=性欲」だそうであるが、2.の「=」マークがどこまでかかっているのかが個人的にはちょっと気になる。性欲とは「野卑な情欲」のことなのか、あるいは単に情欲=性欲なのか…)。「侵奪」というのも私には無縁な語彙であるが、これは日本語でも用いる言い方のようである。 ちなみに上の質問である「私は今日、祖国のために何をしたのか」に答えれば、今日私は在韓日本大使館領事部で在留証明書の発行申請をし、金「15,000ウォン」を支払った。つまりは日本国には15,000ウォン(1,000円弱)の収入が上がった訳である。わが「祖国」に対する大いなる貢献だと言えよう。※その後結局都合3度も領事部を訪れて証明書発行を依頼し、合計107,000ウォン(約7,500円)も日本国に収入を計上した。無職の身であるにもかかわらず「祖国」にこのような多大な貢献をしたことを大いに褒めてもらいたいほどである。