韓国で納豆を食すの巻
2012年7月16日(月) 体調がかなり復調し、ようやく固形物も食べられるようになってきた。この1週間余りで体重は一気に5キロ以上減り、まったく到達の見込みのなかった目標体重にも一気に近付いた上、韓国に対する免疫力も少し高まったに違いなく、たまには体調不良になるのも悪くないかも知れないと肯定的に捉えているところである。 健康に良くカロリーもさほど高くない上、近くのスーパーマーケットでは4個入りのパックで90円などというタダみたいな値段で売っていたこともあって、日本にいた時には毎日のように納豆を食べていた(正直に告白すれば、ご飯と納豆だけという食事も少くなかった)。 ところが一旦日本を離れて海外に出ると、冷凍して日本から輸入したものは手に入っても、作りたての納豆を安価で手に入れるのが難しく、昨日まで飽きるほど食べていたものが全く食べられなくなる。もともと食べることにこだわりがなく、これといって嫌いなものもない上、出来るだけ現地の食生活に馴染もうという気持ちが常にあることから、納豆以外にも手に入りづらい食材があったり、同じ食材ではあっても例えば卵のように海外では生では食べない方が良いものもあったりするものの、とりたてて耐え難いほどの不自由を感じたことはこれまでなかった。 だから食べ物がまずいと言われる英国でも、基本的に現地で普通に食べているものを食べ、それで本当に苦労したという思いはなく、むしろ全く未知だった世界に触れて大いに楽しんだとさえ言ってもいい。オリンピックも近付き、最近では英国料理にも美味しいものが出てきたなどと紹介するテレビ番組を見かけたりするが、そもそも英国料理は我々の感覚からすると美味しくないからこそかえって面白いのであって、中華料理やフランス料理のように美味しくなったりしたら、その魅力は一気に半減してしまうだろう。このことについてはいずれ別に論じてみたいと思っているのだが、なんでも美味しいだのお洒落だのという一定の基準でしか物事を捉えられないというのは実に軽薄かつ愚かしいことでしかない。 そもそも初めて海外に出て生活することになったフランスでは、貧乏学生だったため納豆はおろかお米を食べることさえ滅多に出来ず(学生寮の部屋には炊飯器どころか冷蔵庫すらなく、食事はもっぱら学生食堂で喫した)、たまにどうしてもお米が食べたくなると、中華料理屋に行って一番安い定食を頼むか、学生食堂でも食べることのできる北アフリカのクスクスで代用したものである。 社会人になって最初の海外赴任地となった米国に行ったときも、生来のケチな性格もあって日本の食材などほとんど買ったことはなく、そもそも日本人なら誰でも行く、今ではなくなってしまったニュージャージーの日系食料品店には3年の滞在中とうとう行かず仕舞いだった。その代り毎週末には32丁目周辺の韓国人街に行って韓国系スーパーでお米やら野菜やらを安く調達したものである。 初めて海外で納豆を買ったのは、それからちょうど10年後に2度目の海外赴任で英国に行ってからのことで、しかも着任後2年以上たってからのことでしかない。 リーマン・ショックや欧州金融危機などのためすっかり暴落してしまった現状からはなかなか想像しがたいものの、当時1英国ポンドは250円前後の高値をウロウロとしており、渡英してしばらくの間は冗談ではなくマクドナルドで食事をするのもしばらく躊躇ったほど、日々物価の高さを痛感したものだった。当時から1ポンドの実質的な購買価値は100円だと言われていたものだが、実際にはその2.5倍もの不当に(?)高い値段を払って日々の暮しを営まねばならなかった訳である。ただでさえケチな私は、結局最初の1年間は、会社の接待や会食を除いては一度も日本食屋には行ったことがなかったほどである。 だからそんなときに、子供の通う日本人学校近くの日系食材品店で、おそらく20代だろうと思われる若い日本人夫婦が「刺身の盛り合わせ」(確か値段は40~50ポンド、当時のレートで1万数千円はしたはずである)などを当り前のように買っていくのを見るたびに、私は彼らの隣で子供がどうしても欲しがるので泣く泣く手にとった2ポンドほどのお菓子を強く握り締めながら、何の悪気もないであろうその夫婦に軽い殺意すら覚えたものである。米国や英国滞在時の、こうした駐在員たちに対する私の恨みつらみについては、いずれ項目を改めて詳述したいと思う。 滞英1年を過ぎてようやく物価をなにもかも円換算して考えるのではなく、少しずつ現地の生活感覚に合せて考えるようになってきた私は、高くてもせいぜい1人10ポンドもあれば食事のできる安日本食屋にもたまに通うようになり(もっとも他の駐在員からすると「あんな店はとても食べられたものではない」とのことだったのだが、こうした人物が即座に私の「要殺害リスト」に加えられたことはむろん言うまでもない)、米国に続き英国でもお世話になった韓国系食材店にも置いてあった冷凍納豆にも目が向くようになった。 うろ覚えだが、当時ロンドンの日系・韓国系食材店で、納豆は3個あるいは4個入りのパックで確か2ポンド弱程度で売っており、1ポンド=250円であれば馬鹿らしくて買う気になどはならなかったものの、リーマン・ショック以後ポンドが急落して200円を割るようになると割高感は徐々に薄れていった。 周囲の日本人たちが、つなぎばかりで肉のろくに入っていないニセモノだとか、食感がグニャグニャしていて到底食えたものではないなどと酷評していた英国製ソーセージでも何でも、とにかく近くのスーパーで普通に買える食材は何の愚痴も言わずに黙々と食べ続けていた私も、さすがにたまにはご飯と納豆に卵焼きといったあっさりとした食事を食べたくなることがあり、ある日とうとう我慢できずに清水の舞台から飛び降りる気持ちで冷凍納豆を買ってみることにした。 日本では新鮮な納豆しか食べたことがなかったため、冷凍納豆など所詮食べられたものではないと思い込んでいたのだったが、しばらく冷蔵庫に移して解凍させてから刻み葱などを加えて食べてみると、意外とこれがまともに「納豆している」のだった。粘り気は多少薄れているものの、食感も味も臭いもさほど消えてはおらず、何度もしつこく書くように食べ物に全くこだわりのない私にとっては充分食べられるもの、いや、久々に食べることもあって非常に美味しいものだった。 以来、たまに韓国系食材店に行っては納豆を買うようになり、とりわけ単身赴任生活が始まってからは、安くて便利なことから納豆と卵を頻繁に食べるようになった(これまた正直に告白すれば、単身赴任生活中にはご飯と納豆、あるいはご飯とゆで卵、あるいはご飯と納豆と卵だけという食事を数え切れないほど経験した)。 では、韓国における納豆事情はどうか。 すぐお隣の国でありながら、此処韓国の普通のスーパーで手に入る食材は日本のものとどこか微妙に異なっていることが少くない。お米や醤油、味噌などの味や香りはもちろんのこと、置いてある魚の種類や肉の部位(および切り方)、清涼飲料水やお菓子、アイスクリームなどの品揃えや味、食パンの食感や香りなども、日本のものとはどこか少しずつ異なっているのだ。違う国なのだから当然のこととは言え、文化や習慣の距離は地理的な距離に必ずしも比例しないということを改めて痛感する。 それでも韓国でも主食はお米、しかも日本と同じジャポニカ米であり、鯖や秋刀魚など日本と同じ魚もよく食べ、醤油も味噌もダシもあって辛ささえ除いてしまえば基本的な味付けは似通っており、日本食と大して変らない食事をすることが出来るのも事実である(ただし味噌だけは全くの別物であり、日本の味噌に比較的近いと言える된장=テンジャンも独特の香りがあり、私はかなり苦手である。もっとも我が家の子供などは日本の味噌汁よりもテンジャンを用いたチゲの方を好んで食べるので、結局のところ好きか嫌いかは人それぞれの嗜好によると言うしかない)。 さて、納豆であるが、韓国にはもともと日本の納豆と全く同じものは存在しないが(その後日本からの輸入品もたまに出回るようになったが、急速に韓国製の納豆が普及して余り見られなくなった)、今では写真のように韓国産の「나또/낫토ナット(納豆)」を近くのスーパーで普通に売っていたりもするほど身近な食べ物でもある(写真に撮ったものは少々古いもので恐縮だが)。 「풀무원 プルムウォン」という韓国ではかなり名の通った食品会社の製品で、「生きている糸の力 生納豆」という名前で、右下に「調理例」としてネバネバした納豆を箸で持ち上げているだけの(どこが「調理」なのか分らない)写真とともに売られているものである。中には納豆の他に「カッスオ=カツオ醤油ソース」とともに「辛子ソース」が入っており、一度食べてみただけでしかないものの、日本で食べる納豆と少しも遜色のない普通の味だった。 問題のお値段は1個50グラムのものが2つ入ったパックで3,000ウォン(200円強)と、日本の格安納豆と比べると約3~4倍と決して安いとは言えない(むろん値段そのものは大して高くはないのだが…)。韓国の食料品は日本と比べると安いものと高いものが極端で、肉類や野菜、果物などは天候不順による不作やウォン安なども影響してか日本より高いものが多く、お米や調味料、お酒などは日本より安いという印象である(こうして食料品の価格がさほど違わないかむしろ高いにもかかわらず、韓国料理の外食価格は日本より遙かに安いのが不思議であり、安かろう悪かろうではないかと勘繰ってしまう原因ともなる)。だから外国の食べ物である納豆がこれくらいの値段で売っていても決して馬鹿高いとまでは言えないのだが、ケチで貧乏な私は当然それだけのお金を出してまで納豆を食べようとは思わないでのある。 ところで韓国にも日本の納豆に相当(?)するものとして청국장(チョングクチャン 清麹醤)という食べ物がある。納豆と同じくこれも今では一種の健康食品として食べられているようだが、韓国人にとってもその臭いはかなり「くさい」ものと認識されているようで、日本における納豆同様に好き嫌いの分れる食べ物のようである。製法はほぼ納豆と同じようだが、原料となる大豆の種類や醗酵に用いる菌、醗酵させる期間などが異なるためか、出来上がったものは写真のように納豆に一見似ているようでいながら細部はかなり異なっている。 「장 ジャン 醤」という名前にもあるように、これは独立したひとつの食べ物というよりも味噌(テンジャン)や醤油(간장 カンジャン)のような調味料と言った方がよりふさわしいものかも知れない。最大の違いは納豆のような粘り気がないことで、写真にあるように醤油をかけただけのものを試しにご飯に載せて食べてみると、納豆に比べて味も食感もかなり濃く、正直余りの濃厚さに途中で食べ続けるのが苦痛になったほどである。納豆の味と香りのする塩気のない味噌とでも言ったらいいだろうか、食感はまさに味噌を食べているようなまったりと口中に張り付いてしばらく味や匂いが抜けないようなもので、味も苦味を感ずるほど濃くふかい(ご覧の通り納豆に比べてカロリーも高めであり、ついでに賞味期限も長い)。 このチョングクチャンは納豆に比べて量が多いにもかかわらず値段もおよそ半額の1,600ウォンということもあり、もしや納豆の代替物にならないかと試してみたのだったが、上記の通りこのまま食べるのは少々厳しいことが分った。韓国でも普通は、調理例の写真や最後の写真にあるような鍋物や汁物にして食べるようで、その匂いは納豆を煮炊きした時と同じようにそこそこ強烈ではあるものの、納豆に違和感を覚えない人であれば充分美味しく食べられるものである。 まだおなかの調子が完全とは言えない私は、今日のお昼は昨晩家人の作ってくれたこのチョングクチャンの汁にご飯を入れ、薄ら寒ささえ感ずる梅雨の曇り空のもとで体も胃腸も温めようと思っているところである。納豆などなくても、韓国生活は充分に乗り切れそうである。(後日追記) 上にも書いたように、その後韓国では納豆が急速に普及し、値段もかなり安くなった(2023年時点で、大体16パック入りで800円から1000円くらい)。それでも日本に比べれば値段はまだ高く、種類も圧倒的に少ないものの、どのスーパーに行っても入手できるようになったことや、値段的なハードルが低くなったこともあって、私も日常的に納豆を食べるようになった。