ソウルでの無為の日々(2012年2月)
(豚の背骨を野菜などと煮込んだ鍋カムジャタン=감자탕) (ソウル駅旧庁舎。現在は文化駅ソウル284) (こちらが現在のソウル駅庁舎) (韓国新幹線「KTX」車内) (某カトリック系私立大学内にある教会の聖堂脇) (小ぶりの鶏肉をまるまる1羽使った鍋物サムゲタン) (ソウル中央郵便局) (韓国中央銀行(旧朝鮮銀行)旧館」。現在は韓国銀行貨幣金融博物館) (新世界デパート旧館) (インサドン=仁寺洞) (鐘路=チョンノにある路地) 2012年2月14日(火) 先週から韓国ソウルに滞在している。 1986年に初めて韓国を訪れてから25年以上が経ち、わずか数日間の短い滞在ではあったが前回ソウルに遊んでからも既に5年近くになる。かつてあてどなく一人で歩き回ったオリンピック開催前のソウルの街並は、今も所々に残っているようであり、もはやどこにもないようでもある。人間の生活が技術の進歩によって大きく変るようでいながら、しかし結局のところその本質は大して変りはしないのと同じように、昔ながらのソウルと未知で新しいソウルが今も共存している。 もっともいま私は、十分寒かった冬の東京よりも更に寒いソウルで文字通り無為の日々を過ごしており、滞在しているアパートから外出することも少く、日本から持ってきた本を読み、韓国映画などのDVDを見、久々に再会した愛犬と戯れたりするのみで、「今のソウル」を知る機会はまずない。そもそも観光目的で来た訳ではない上、寒々とした日本のボロ家で体を縮めるように過ごしていた身には、オンドル式の暖房のきいた韓国のアパートは極めて居心地が良く、ついつい屋内に閉じこもってしまいがちである。 今回ソウルに向う飛行機には、長引く円高による追い風も手伝ってか、韓流スターやブランド品でも追いかけに来たのだろう老若「女女」が溢れかえっていたが、寒さになど少しも臆することなく短い滞在時間でソウルの街を精力的に駆け回っているだろう彼女たちに比べ、私はとりたてて急ぎの用事もないまま、ただただ非生産的な時間に埋もれているだけである。 だからソウルの現在の様子を紹介しようにも、わずか数枚の写真を上に掲げるしかない。 上から順番に、ソウルに着いて最初にとった食事「カムジャタン」、ソウルを離れ、とある地方都市を訪れるために出かけた「ソウル駅」(東京駅に似た旧駅舎と、現在用いられている近代的で新駅舎の2葉)、そして韓国版新幹線「KTX」車内の様子である(韓国のオバサンたちが海苔巻きを食べながら、楽しそうにおしゃべりをしている)。 続いて某カトリック系私立大学内にある教会の聖堂脇に建てられたキリスト像、そこから程近い学生街シンチョン(新村)で食べた「サムゲタン(参鶏湯)」、繁華街ミョンドン(明洞)にある現代的な造りのソウル中央郵便局、そこから見下ろす場所に建っている、日本銀行や東京駅の設計でも知られる日本人建築家・辰野金吾(フランス文学者・辰野隆の父親とのこと)設計になる「韓国中央銀行(旧朝鮮銀行)旧館」(現在は「韓国銀行 貨幣金融博物館」となっている)、そのまた正面にある「新世界デパート」旧館(戦前は三越・京城店だった建物)、韓国の伝統的な住居・韓屋(ハノク)などが多く残る鐘路(チョンノ)にあり、骨董品や古美術を扱う店や昔風の喫茶店などが建ち並ぶ人気の観光地「インサドン(仁寺洞)」、そして今は亡き作家の中上健次の小説にでも出てきそうな(実際彼はソウルを舞台にした作品を幾つか書いている)庶民的な食堂や商店がひしめく「路地」、である。 以下、アット・ランダムにこれらの写真に触れていくことにする。 韓国に来る楽しみのひとつは何と言っても食べ物である。 25年前に比べれば物価は驚くほど高騰したものの、庶民的な食べ物はまだ比較的安く、そして美味しい。今のように寒い気候のもとでは上に掲げたような鍋物を食べると体も温まりまさに一石二鳥である。日本でもよく知られているキムチやスンドゥブを用いたチゲや、牛肉や骨を長時間煮込んだスープ「ソルロンタン=설렁탕」や牛の血を用いたスープ「ヘジャンクク=해장국」、スープではないが、ロンドンの韓国人街New Maldenを採り上げた際に触れた中華風の麺「チャジャンミョン=자장면」などの料理は6,000~7,000ウォン(400~500円くらい)程度で気軽に食べることが出来る。韓国料理と言えば、ケチなこともあって焼肉よりもこうした鍋物や麺類を最初に思い浮べる私にとっては、まさに天国のような環境である。 今回初めて食べた「カムジャタン=감자탕」は、「カムジャ=감자がジャガイモのことだから、てっきりジャガイモがたくさん入った鍋だと思っていたのだが、実際には豚肉(背骨部分)やジャガイモ、青菜、韓国式の春雨などを入れて煮込んだものだった(「カムジャ」は豚肉の部位を指す言葉でもあるらしく、ジャガイモはほんの申し訳程度にしか入っていなかった)。塩辛い料理の多い日本食に慣れた私には最初は塩気が少く味が足りないとさえ思われたが、煮込んでいくに従って味が沁み込んでいき、最後は味付けが濃いと思うほどだった。 豚肉の臭いを消すためか胡椒(山椒?)のような香辛料がたっぷりと使われていて癖があるものの、一旦慣れてしまえば体も温まり、やみつきになりそうな独特な味である。〆めとして鍋の底にご飯や海苔などを載せて軽く焦げ目が出来るくらいにして作ったチャーハンを食べるのが一般的らしいのだが、むしろ私は残ったスープにご飯を入れてオジヤのようにした方が遙かに美味しかった。2人前で32,000ウォン(2,100円強)とリーズナブルな値段で満腹になり(むしろ食べ過ぎて苦しい程だった)、体の芯から温まった。 「サムゲタン」は日本でもすっかり定着しているので詳述はしないが(ひとつだけ、サムゲタンのサムは高麗人参の「参=サム」で、鶏の中には餅米やナツメなどと共に高麗人参も入っている)、今回行った店には普通のサムゲタン(12,000ウォン=約800円)の他に、あわび(チョンボク)を丸ごと一ついれたものもあったが(20,000ウォン=1,300円強)、私には鶏肉とあわびの相性が良いのかどうか非常に疑問だった(私は普通のサムゲタンを食べた)。普通の鶏肉ではなく、肉や骨が黒色を帯びた烏骨鶏(オゴルゲ)を用いたものもあり、これはあわび入りのチョンボク・サムゲタンよりさらに値段が高かった。 今回初めて韓国のキリスト教会でミサにも参加してみた。私自身はキリスト教徒ではないものの、欧米に旅行した際にも時間があれば教会を訪れてミサにあずかってきたが、国によっては言葉が分らない上、宗派によってはミサのやり方も様々で緊張する場面も少くなかった(特にカトリックのミサでは他の参加者と手を取り合って挨拶を交わす儀式があり、極度の人見知りである私はそのたびに動揺してしまうのが常だった)。しかしキリスト教の影響を大きく受けた欧米や韓国において、ごく普通の人々がそうして一堂に会して静かに祈っている姿を見ることは、その国の習慣や文化を理解する一助にはなると思っている。 以前も書いたことだが、何よりも我々(私)は生活の忙しさにかまけて自分自身を超越した「なにものか」を意識することもなく、この世に生きていることに感謝を抱くこともないままに日々漫然と生きてしまいがちである。そうしたなか、たとえわずかな時間であったとしても「絶対者」に思いを馳せ、おのれの卑小さを意識しながら、その「なにものか」に身をゆだねて祈る機会を得ることは私にとっても重要なことなのである。 今回面白かったのは、大学構内にある教会だったこともあるようだが、ミサの間に歌われる聖歌に全く馴染みがなかったこと(つまり韓国で作られただろうオリジナルのものだったこと)である。もっとも、実際にはどの国にも独自の聖歌があり、如何にも聖歌(讃美歌)らしい旋律であるため特別違和感を覚えなかっただけで、韓国のものはより現代的で親しみやすい歌であることからたまたま気付いたというに過ぎぬのかも知れない。それでもなお、良くも悪くも此処には欧米のキリスト教から発展して韓国独自のキリスト教が形成され、しかもしっかりと根付いているように私には思えた。 韓国新幹線「KTX」も今回初めて利用したのだが、これはフランス新幹線(TGV)の技術を採用したもので、車輌の作りから車内放送の音まで、同じTGVをモデルとしてフランス(ベルギー)・英国間を運行しているユーロスターとそっくりで、懐かしさを覚えたものである。列車の横幅はユーロスターなどと同じく日本の新幹線よりはかなり狭いという印象だが、車内の設備やインターネット環境などは遙かに便利に出来ていて、この1年近い間、毎朝通勤に使っていた日本の新幹線も少しは見習って欲しいものだと思ったほどである。 KTXに限ったことではないが、IT先進国の名に恥じず、韓国では地下鉄などを含む公共施設ではインターネットの無線LANが無料で提供されており、スマートフォンや携帯用PCを使っていつでも情報を取得することが出来る。ロンドン滞在時にも書いたが、英国でもPret a Mangerやマクドナルド、スターバックスなどの店舗では無料でWi-Fiを利用することが出来、気軽にメールや最新情報をチェックすることが出来た。 一方の日本では、店が独自に運営するウェブサイトにアクセスできる場合はあるものの、私自身のこれまでの経験では無料でインターネット環境を提供している店や施設はほぼ皆無だった。ケチな上に携帯電話も余り利用しない私のような人間にとっては、日本は何をするにもお金が必要で不便だということになってしまう。外国人観光客にとってもおそらく同様であるに違いない。 さらに公共交通機関の料金も安くなく、同じ会社が運営する地下鉄とバスを乗り継いでも割引ひとつなく、定期券ですら決った経路しか利用できないなど融通が全くきかず、日本ではなにをするにも高い交通費がまず障害となり、私などはどこに出かけるのにもまず交通費の負担を先に考えて躊躇することが多い。 市民の利便性を向上させ消費の活性化を図るためにも、巨大都市である東京などは真っ先に欧米の大都市と同様「ゾーン制」を採用すべきだと私は思っている。ゾーン制定期券であれば同じゾーン内でいくら移動しても追加費用がかからないし、ロンドンなどではバスはゾーンの制限なしに乗り放題になる特典もついていて、日々交通費のことなど気にせずに街を歩き回ることが出来る。ソウルの地下鉄や列車はゾーン制ではないものの、基本料金が安い上に(初乗りで600~900ウォン=約40~60円)地下鉄とバスを乗り継ぐと割引になるなどの特典もあり、遙かに交通費負担が少く済む。 むろん何事も一部だけを採り上げて善し悪しを単純に比較すべきではないことは百も承知しているが、ロンドンやパリ、ニューヨークなど、これまで私が住んだことのある大都市は、大してお金を使うことなく街を移動し、ぶらついているだけでも十分に楽しめるような場所ばかりだった。 それに比べ東京は余りに巨大な上に、繁華街や娯楽施設、美術館などが散在しており、その間を行き来するだけでも多額の交通費がかかる。観光客だけでなく地域住民のためにも、これらの場所を気軽に移動できるシステムを構築するのが、真に成熟したインフラストラクチャーだと言えるはずである。鉄道会社や通信関連企業を儲けさせるのも結構だが、地下鉄やバスを運営する地方自治体は、真っ先に非効率で無駄な事業に費やす財源を削減した上で、より安く使いやすい公共交通機関を提供し、市(区)役所や主要駅などでは無料でインターネット環境を提供すべきである。 もっともどこでもインターネットや電話回線が使えることの弊害もあり、ソウルでは地下鉄や電車内でも人々は携帯電話で話すだけでなく、スマートフォンでテレビを見、ゲームに興じたり音楽を聴いていたりしていて、新聞や本を読んでいる人を余り見かけない(電子書籍端末は日本同様に圧倒的少数である)。これなどはまさにインターネットや携帯電話の普及により人類文化がどんどん軽薄愚昧になっていくことの顕著な例で、上記とは完全に矛盾するのだが、インターネットや携帯電話の回線など屋外では完全に禁止してしまえばいいと思ったりもするほどである。 しかしこんな堅苦しい話はそもそも私が関知すべき領域ではないことを思い出したので、もうやめることにする。