こんにちわ ゆうじです。

 

「火垂るの墓」のアニメ版をなんか気持ち悪いと感じたのは、私だけだろうか?

念のためにいうと、清太が地縛霊のように描かれているからではありません。

説明できないというか解らないが故の気持ち悪さを感じたのです。

 

1シーンだけはっきり覚えているのだが、縦長のフレームで遺影の飾りにも似た柱の間に清太と節子が撮られている。

死を暗示させるサブリミナル的に感じて気持ち悪く、他にも意図が解らないシーン(演出)が多かったのだ。

 

それが、下の岡田斗司夫の解説で謎が解けた。

ひとつは、クレショフ効果的演出。(サブリミナルとは厳密に云うと違う)

宮崎アニメのような解りやすいエンタメ演出の向こう側にあると考えたら納得できた。

(宮崎駿は、クレショフ効果が嫌いらしい。私も同じ。使い方によっては、いわゆる印象操作とも云えるよね。)

結局食べてるスイカや空の雑炊のなべを出す意味も理解できた。

 

「クレショフ効果(Kuleshov Effect)」とは、複数の画像(映像)を並べられると、その複数の画像の間に何の関係が無くても、無意識にその前後関係を連想して特定の意味を解釈する心理効果です。

 

クレショフ効果は、複数の映像をつなぎ合わせることで新しい意味が生まれるという映画理論の一つ「モンタージュ理論」の検証過程で発見された認知バイアスの一つです。

モンタージュ理論とは、旧ソ連の映画監督セルゲイ・M・エイゼンシュテイン(1898~1948)が提唱したものです。
例えば「爆弾の映像」と「海上に浮かぶ戦艦の映像」を並べると、人は「戦艦が爆弾で攻撃される次の事態」を無意識的・物語的に連想してしまいます。

 

冒頭、岡田斗司夫は清太の状況、囚われている状態を、悲劇の時間を繰り返す煉獄と表現している。

現代の神戸駅にとどまり、悲劇に至る時を繰り返す清太にとっては、死が救いになっていない。

(リトリーバル案件として考えると、この清太は受け入れてくれるのだろうか?)

 
原作の冒頭は、現代からではないので、高畑アニメオリジナルなんだろうか。
 
原作の野坂昭如が実体験を元にしたことは聞いていたので、それも自分にバイアスがかかっていたと思う。
原作者の体験は、養父母の娘で、血のつながりはない関係で、清太のようにやさしくなれなかったと述懐している。
 
それにしても「火垂るの墓」と「トトロ」が、同時上映だったというのも地獄だな。
文芸と、エンタメくらい違う演出のアニメの同時上映。
「火垂るの墓」の後に、「トトロ」か?どっちが、先だったんだろう?
 
ではでは、このへんで