この番組に出演されていた柳田耕一さんは、こんな風に話されていました。

 

 

 🍀🍀✨️

イワシ漁の水揚げを漁師さん達で分配するときは、必ず地域で話し合う。

 

そのとき、ある人が

「自分の取り分はこれだけだけど、

来月娘が嫁に行くから物入りなので、いつもの倍くらいにして欲しい」とお願いしたとする。

 

それを受けて、司会が「今回、譲っても良い人いますか?」と他の人に訊く。

 

「私は取り分の0.1(割?)下げてもいい」とか「私は2(割)下げてもいい」とか申し出た人がいれば計算し直して、お願い通りの取り分になればそれで決まる。

もし、誰も譲らないとか、譲る割合が足りずお願い通りの取り分にならなければ、最後、お願いした通りの取り分になるまで、何度でも話し合いを繰り返す。

 

そして、余った売らない魚は、地域の人に配る。

 

地元の漁師さんたちは、これを当たり前にやっていた。

「あえて言葉にするなら仲間だから」と言っていた。

 

 🍀🍀✨️


初めて聞いた話で、わたしの推測になりますが、参加している漁師さんたちは、話し合いを重ねる中で


今、ほんとうに自分が欲しい水揚げはいくらなのか


をご自身に問いかけるのではないかと想像しました。



だから、何度か話し合いを重ねていくうちに

「よくよく考えたら、今回はもう少し少ない水揚げでも十分だ」

と納得する方が現れて、

最後には、最初に切実な理由からいつも以上の水揚げを望んだ漁師さんの望みが叶うんじゃないかな、と。



そして、このシステムが機能するためには、お互いに対する信頼や愛、そして無理な我慢をしない「正直さ」が必要だろうと思いました。

「仲間」という言葉に表れているように。


これが、わたしが願いながらも、

「あまりに上手くいき過ぎた話かな」と、半ば諦めていた世界でした。



弁護士を目指した理由には母の存在が大きかったわたしが、ただ一度ニコニコ


「こういう仕事なら、わたしでも弁護士になれるかもしれないし、なってみたい!」


と思った大学2年生のときから、わたしが弁護士として実現したいと願った世界は、こういう世界でした。


この記事にも書いていますが、弁護士の先輩が、こういう話をしてくれたのです。


🍀🍀✨️

AとBが1個のミカン🍊を争っている。

どちらも、このミカンがどうしても必要だと言って譲らない。


ところが、第三者のCが2人の話をよくよく聞いてみると…


A「ミカンの実でジュースを作りたい」


B「ミカンの皮でジャムを作りたい」



……つまり、AとBは争う必要がなかったんだ。

AとBは仲良く実と皮を分け合った。


このCの役割が、弁護士の仕事だよ。


🍀🍀✨️


ところが、現実の世界のほとんどのAとBはどちらも、

ジュースが作りたい!


あるいはどちらも、

ジャムが作りたい!


と言います。


わたしは一人、頭の中では


「たとえば、そのとき、それを必要な理由が切実な方を優先したら良いのではないかな」

      

と考えたりしていました。


ただ、わたしが現在関わっている仕事のように、お互いの「話し合い」で解決できるケースもありはしますが、現実世界の多くの争いを見ていると、わたしの考えはかなり「非現実的」でした。


わたし自身が弁護士を目指した純粋な動機は的外れだったのかなと、悲しい気持ちがありました。



ところが、わたしが目指した世界、


誰もが

争うことなく

奪い合うことなく

自分の願いを実現できる世界


は、夢物語ではなく、小さな共同体の中ではありますが、現実に存在していました。



今のわたしは19歳のときに思い描いた「普通の弁護士」ではないので、あのときの願いとは少し違うかたちにはなりますが、


誰もが


争うことなく


奪い合うことなく


自分の願いを実現できる世界


を実現する一助になりたいと、

今、思えています。



ギベコ