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人間の心が可愛らしく、素直に、熱心に働いたところに、
あらゆる美しきものがあらわれる
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昨日(…というか日付変わって今日でした
1日中、この言葉を何度も思い浮かべては、色々考えていました。
美しいものがあらわれるには、人間の心が「可愛らしく、素直に、熱心に」働く必要がある、と小出楢重さんは言います。
この内「素直に、熱心に」とは、一昨日の記事で、わたしが書いたことと同じ気がしました。
「自我(エゴ)」にとらわれず(素直に)、全身全霊を込める(熱心に)。
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では「可愛らしく」とは何だろうと…。
その言葉自体から思い浮かんだのは子どもの無邪気な姿でした。
打算や損得を考えない
「大好き!」
「やってみたい!」
という純粋な気持ちです。
けれど、大人になると、
この「可愛らしさ」を持ち続けることが
時に難しくなると思います。
司法試験のときのわたしもそうでした。
司法試験を目指したときには純粋な、ただ「やってみたい!」
という気持ちだったのに。
周囲からの期待、母への思い、必要以上に勝手に背負った大きな覚悟…。
そういうものに心が覆われてしまい、いつしか自分の「ほんとうの気持ち」がわからなくなっていました。
それが10回目の受験を前に、
図らずも「我に返った」ことで本音が浮かび上がり、純粋で、単純な、
情けない自分をやめたい
そのために今年、絶対合格する
という、そのときの「ほんとうの願い」に気づくことができたのでした。
わたしの経験を振り返ってみると、人が「ほんとうの願い」を抱いたとき、子どものように無邪気に可愛らしく、そして、素直に、熱心に、取り組めるのかなと思います。
そうやって取り組んだ結果、まるでご褒美のように、美しいものがあらわれる気がしました。
ギベコ
