想像と創造の毎日 -3ページ目

想像と創造の毎日

写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。


  登山らしい登山は二ヶ月ぶりだ。
  ここは、羅臼町にある英嶺山。
  標高521m。さほど高くない山である。


  夏ならば、さほど辛くもない(いや。景色が変わらないから地味にキツいが)が、冬になると雪の状態によっては難易度が上がる。



  たくさんの足跡があったから、誰か先に歩いてる、トレースがあるな。と安心したが、よく見ると全部、エゾシカだった。



 最初の急登を超えると、景色が開けてなだらかな平地になる。

 


  やがて奥にはまっしろな羅臼岳が、雄大に聳えるのが見えてくる。



  やっと見えてきた目的の山頂が、ひどく遠くに見えて、軽く絶望するのはいつものこと。


  遠くに見えていても、いざ、夢中になって歩き続けていれば、いつのまにか頂上は近くになっている。


  そのことを知っているはずなのに、いつもいつも同じ感情になる。

  今、ここにある体感は、過去の経験など役に立たないことを教えてくれる。


  辛いものは、辛い。

  何度、味わっても。



  振り返ると街は遥か遠く。

  

  マイナス7度。

  なのに吹き出す汗。

  すぐに乾く喉。

  鳴り出す腹。


  生きてる。生きてる。生きてる。

  たった今、生きてる最中。



  道がなくなってしまった冬の山は、どこへ進めばいいか、すぐにわからなくなって怖い。


  進むべき道がわからないことは、こんなにも不安なものなのか。



  いよいよ、最後の上り坂である。

  もう誰も声を出さなくなった。


  動物たちの足跡もすっかり途絶えてしまった。

  


  息も絶え絶え、ようやく上り詰めた先には、絶景が待っていた。

 

  夏は、木々や草に覆われて見ることのできない、山々や海。



  ちょうど雲の切れ間の時間だったから、美しい羅臼岳を拝むことができた。


  今度はいつ、登れるのか。

  すっかり、遠くなってしまったあの素晴らしい景色。



  



  国後島もくっきりと見える。



  風はない。

  海は凪いでいる。

  

  風が少しでも吹けば、全く前が見えなくなって、こんな小さな山でも簡単に遭難するであろう。


  人は、どれだけ視覚優先なんだ。

  辺りを見渡して、今の自分の居場所を知る。



  いい大人がそれぞれにソリを背負って(スキーやスノーボードではないこのかっこ悪さよ😭)、ひいひい言いながら山を登る。


  この週末は、バックカントリーに行くんだ!(ソリでね)


  あまりのバカバカしさに笑いが込み上げてくるが、ここからが本当のお楽しみ。



  これを味わうために!

  私たちは、この辛い道のりを頑張ってきたのです!



  帰りは上りの半分の時間で済む。

  しかし気を抜くと、崖下に真っ逆さまだ。

  気を引き締めて、⊂('ω'⊂ )))Σ≡GO!!


 9:40 登山口

11:29 英嶺山山頂(休憩1時間)

13:27 登山口

往復歩行距離4.5km