…これは、だいぶ"キテる"と自分でも思う。
ホントに私は、しつこいな。(でもそんな自分、嫌いじゃない)
"机さする"は、映画のエンディングで流れてたけど、その頃には表面的な解釈でいっぱいの頭の中の情報量が処理し切れず、この歌の歌詞とか良さとかにまで、まったく気づくことができなかった。
ブロ友さんが、少しだけ歌詞を上げてて、そこにめちゃくちゃグッときて、何回も聴いてしまった。
アニメも全部見た。マンガもナガノ氏(←氏とか…(´;ω;`))のXを辿って、だいぶ読んだ。
そしたらこの短い文、単純な言葉に全部が詰まってるって思った。
考察するのは無粋だし、意味を見出そうとするのは無意味。
それはわかってるのに、それをやらなきゃ済まない私は、それはそれで病気なのだろう。
ー覚えてても 忘れそうでさ
書いとこ こわいからー
ここは、ちいかわのこと。
ちいかわは、"やりたいことリスト"を書くぐらい、何かをメモしたりする。
ー覚えてても 忘れそうでさ
撮っとこ こわいからー
ここは、ハチワレ。
ハチワレは、カメラが趣味。
二人が忘れそうで怖いこと。それは今の自分。だから、それぞれの方法で大事な思い出を記録しておこうと思うのは、ちいかわ族がいつ"怪異"に変身してしまうか、分からないからなんだろう。
ちいかわ族は、"怪異"になると同族を食べるようになり、それまでの記憶とかを徐々に失っていくようだ。
ハチワレは作中で、すごく些細なものでも取っておいて、"思い出"って言葉を何回も口にする。
ちいかわ族は、怪異を"討伐"して報酬をもらったりもするのだけど、自分たちがいつでも討伐される側になることを誰もが理解してる節もある。
ーたとえば鳥 あるいはねこ
その中で見てるって思うのも自由
なにがあったかべつに聞かないけどねー
ここの解釈はなかなかの難しいところで、間違いかもしれないけど(別に間違うのも自由だけど)、自分が鳥だったらな、猫だったらな、って、思うことって誰にでもある。
自分が嫌になることは誰にでもあるだろうから、別にその理由をいちいち聞かないよ。っていうのが、ちいかわとハチワレとうさぎの、互いがとても信頼し合ってるってことなんじゃないかと。
彼らは、些細な日常が、当たり前じゃないことを良く知っているんだと思う。
死ぬことよりも怖いのは、自分が自分でいられなくなること。
しかしよくわからないのが、タイトルの"机さする"だ。
ちいかわは、草むしり検定のためにいつも机の上で勉強している。
ハチワレやうさぎは、なかなか合格しないちいかわのために、何度も勉強を手伝う。
ちいかわにとって机は、合格するために努力した道具ではなく、自分のために損得なしで協力してくれた友達の象徴かもしれない。
"さする"は、触るでもなく、擦るでもない。
痛みやこわばりなどを取り除くようにそっと撫でる行為だ。
いやいやいや。これは、ダメだ。
自分で書いてて泣く。(Σ\( ̄д ̄;)ォィォィ)
しかし、こないだ見たライブの中に挟まれるストーリー(本人いないCGライブ😭)のテーマも、"毎日日常"だった。
しかも、何回もその言葉を叫ばされたぐらいにして。
なんなら内容も似てて、私はひとり、密かに震えていた。(はい。病気決定!)
ご飯が美味しいことも、山を歩けることも、仕事に行けることも、友達が近くにいて遊んでくれることも。
どれもとても小さなことだけど、全然当たり前じゃない。
覚えてても忘れそうでさ。
それは、出来事を映像として記憶していても、そのときの新鮮な驚き、感謝、謙虚な気持ちは忘れてしまう。ってこと。
だから私も"撮る"のかな。
ああ、そうか。
私はハチワレ。(しかも、ちょっとだけサイコパス風味があるのもなんか似てる笑)

