デゴイチ | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

  用事で遠出した先の道の駅。
  館内でガラス窓に仕切られた場所に大事そうに彼は仕舞われている。

  油で磨かれ黒光りした彼は、現役時代、どんな風景を眺めていたのだろう。

  鉄道オタクと呼ばれる人の気持ちがそれまで1ミリもわからずにいたけど、それは私が彼を取り巻く歴史に無関心だったからなのかもしれない。



  彼の名は、D51 320号機。

  通称、デゴイチ。

  

  太平洋戦争中に量産され、ディーゼル機関車や電気機関車にその役目を奪われるまで、一番長く活躍したSLである。



  彼は戦争中、大量の軍事物資や兵士を運んだ。

  ただでさえ資源の少ない日本で、アメリカからの禁輸措置により石油が輸入できなかった当時、戦争のために電化することもできずにいた。


  比較的入手することが容易だった石炭を燃料にできたSLは、皮肉にも戦争によって大活躍したのである。


  彼に運ばれた兵士は、軍事物資と同じように扱われ、使い捨てられていった。


  デゴイチが、それまでのSLとは違っていたのは、それまでの複雑な設計や難解な修理を改善し、シンプルで、誰もが覚えやすく、全体ではなく部分を取り替えられるユニット化になったことだ。


  無駄や複雑性を排除することで大量に生産され、標準化を目指したデゴイチは、当時の日本人そのものを表しているようにも思える。


  敗戦により、大幅に近代化が遅れた日本では、その復興の際にもデゴイチが長く使われる。

  食べ物や生活用品を求める人々を運んだ。


  https://tetsudou-kyukyoku.com/2025/06/21/d51-train-easy-guide-part1/


  デゴイチの思想は、のちの新幹線の開発に大きな影響を与える。


  https://tetsudou-kyukyoku.com/2025/06/22/d51-easy-guide-part2/


  かつて、道内の炭鉱から室蘭港まで石炭を輸送していたSLの基地だった追分駅。


  石炭の時代が過ぎ、最後の運行を終えたのがここだ。


  SLファンの聖地。

  なるほど。

  鉄道オタクさんたちが、熱心に、そして崇めるようにシャッターを押し続けていたわけだ。



  単にその見た目のカッコ良さとか、収集癖をくすぐる感じだけでなくて、鉄道には物語がある。


  良きしろ、悪きにしろ、文明は、人間を人間たらしめている。


  人間の欲望や不安を丸ごと抱きしめて、彼は走り続けていた。


  物語の主役になると、もう彼は単なるモノではない。

  彼、と自然に表現してしまっているのが、その証拠だ。


  SLがそういえば北海道にもあちこちにあるな。

  全部、見に行きたくなりそうな、写真に撮りたくなりそうな、自分が怖い。


  鉄オタだけは、なんかイヤ( ´›ω‹`)←差別

  


⬆️追分っ子、D51 241号機の死😭