ダウンジャケットが暑い。
この一週間で、一気に10度ぐらい気温が上がったのだから当たり前だ。
久しぶりに徒歩で通勤する。
鳥の鳴き声があちこちから耳に響いてきて、うるさいぐらいだ。
その中から唸るような猫の声がする。
川の縁から林の方へ向かって何かを威嚇しているようだったから、私は少しだけ怯える。
そこは、ヒグマの通り道で初夏になると近くの公園がよく閉鎖になる。
今年の春は早くもヒグマの動きが活発なようだ。
山菜採りに行く師匠が、もう何回もヒグマの足跡を見ていた。
今日も街にヒグマが出没したという連絡が来て、出動したらしい。
去年の夏に親離れしたばかりのちっこい三歳子が二頭いたけど、うち損じたという。
ヒグマを撃つには、一人の方が本当はいい、と師匠は言った。
今は一人で撃つのは禁止されていて、特にこの街では役場の許可を得て何人かで捕るから、みんなでガヤガヤしていたり、中には怖くて車で待つ人もいるから、ヒグマが逃げてしまうらしかった。
その点、一人の場合は、ヒグマを見つけたら背後からそっと気づかれないように追って、自分のタイミングで撃てるからいいのだという。
その際、肩から脇の下をまずは狙う。
正面からじゃないから、必ずしも、一発で仕留めなくてもいい。
正面から狙って間違って頭を撃つと、真っ直ぐに向かってきて反撃される。
鹿は、一発で致命傷を与えられないとどこまでも走って逃げてしまうが、熊は痛がってのたうち回るから、その隙に近付いてもう一発、落ち着いて撃てばいいのだと言った。
師匠が一番危ないと思ったのは、川を渡ろうとしたときにヒグマがひょいっと川岸に手をかけて、頭を出したところに出くわした時だったという。
すぐそば、10mも離れていないところで出くわして、銃を構えるも頭しか見えていないから、撃つこともできない(ヒグマは頭の骨が硬い)。
ゆっくり目を逸らさずに銃を構えたまま、後ずさりして、川から上がってくるのを待っていたら、河上の方に走って逃げられてしまった。
あまりの悔しさに"「このバカヤロー!」と叫んだ声が、周囲の農家に聞こえていたらしく、その熊は羅臼の方まで逃げていって、そこには近付かなくなり、師匠のことをみなが、ヒグマすら恐れるやつだ、としばらくの間言っていたという。
車に乗っていたら、熊なんて撃てない。
車から離れて、通り道でじっと待つか、それでも怖ければ車の近くにいて、目の前に来たらボンネットに登って、撃てばいい。と言ったけど、そんなこと、狩猟経験の浅い人ができるはずもない。
昨日も山菜採りのときにグルグル同じ場所を歩き回る新しい熊の足跡を見つけたから、そのあとを追っていたが、そういえば銃がないんだと気付いて、仕方なく帰ったと笑っていた。
師匠にとってヒグマは、純粋に獲物であった。
でも、遠くで熊の親子がじゃれ合っているのを見ると、撃てそうでも、銃を下ろすこともあったという。
今は、撃たなくてはいけないという使命感に駆られるから、見つけたら関係なく撃つだろうが、熊の親子はいつまでも見ていられるほど、めんこいとも思うんだよな、と言った。
しかしこの猫は、何に向かって唸っていたのか。
私に対しても警戒心全開で、睨み付け続けていたが、あんな唸り声は出さなかった。
キツネか?リスか?それともこの子はメスで、交尾しようと狙うオスでもいたのだろうか。
カラスが変な鳴き声を上げたら、気を付けろ。と師匠は言ったけど、変な鳴き声ってどんなだ??
おちおち散歩もできないというのに、山などこれからまた行けるだろうか。
でも、師匠と一緒に山菜採りに行って、ヒグマの足跡の見方や、行動原理を地道に学ぶしかない。
