スパイスには、何か不思議な力が宿っているのではないか。
昨日、職場の集まりがあって、10人ほどが自然と二つのグループに分かれた。
テキトーに座ったので、仲がいい同士というわけでもなく、隣のグループは私と同年代の中年組だったが、私の方は若い子たちばかりだった。
そこは地元の普通の食堂だが、中華料理が中心である。私は中華はそんなに好きではないので、このお店もあまり行ったことがなく、食べ物に関してはさほど期待はしていなかった。
ほぼ冷凍食品だよね、というオードブルを20分ぐらいで完食した私たちは、すぐに他のメニューを追加注文した。
私のグループの誰かが麻婆豆腐を頼んでいて、私は麻婆豆腐が好きじゃないんだよね、と言いつつ、みんながあまりにも美味しい!と言うものだがら、食べ足りないから少しだけ摘んでみた。
豆腐が偽物だし、やっぱり化学調味料の味がキツイなーと思いつつ食べていたけど、今までろくな麻婆豆腐を食べたことのない私は、味わったことのない種類のスパイスの風味にやられたのか、残ったタレだけをスプーンですくって、延々と舐め続けた。
周りの子達も同じように、その辺にあるご飯やら、麺やら、焼き鳥やら何にでも付けて食べ始め、そのうちこのタレの中にある種みたいなものとか、胡椒みたいなやつとか、なんなんだろうという話になってきた。
この店には二週類の麻婆豆腐があって、食べたのは陳麻婆豆腐というものだった。四川料理を日本に広めた陳建民さん考案の黒い麻婆豆腐だ。
誰かがこの美味しいやつは、山椒だ、とかいい、(後で調べると花椒だった)そのうちここに書いても面白くないようなことが、ひどく面白くなってきて、まさに箸が転がってもおかしい年頃みたいに、喘息の発作が起きるかとおもうぐらいに、延々、二時間ほど、この陳麻婆豆腐のことだけで笑い転げだ。
これは変だ。と私が言う。これじゃあ、中学生のに昼休みとか、いや、小学校男子みたいじゃないか、と言ったら、若い子たちも、私もなんかこのアホな感じ、懐かしいです、とか言い出して、違う話題になっても、また陳麻婆豆腐の話に戻って、また笑い転げる。
汗が吹き出してきて、誰かが窓を全開に開けて、冷たい風が入ってきただけでもおかしい。
隣のテーブルは、なんだか真面目な話をしていて、私たちの方に時折、冷たい視線を送ってくる。
何がそんなにおかしいのか?と聞かれても、麻婆豆腐が面白い。と私たちは言うしかなく、これは、ちょっと、何か、麻薬的なものが入ってるんじゃないか?という話になった。
だって麻婆豆腐を食べたのは、このグループだけで、メンバーも普段特別、一緒に長く過ごしているわけでもないし、そんなに心を許しあっているわけでもない。
明日になったら、あれは何だったんだと絶対なるよね。なんなら、明日仕事で、お互いシラフで顔を合わせたら、恥ずかしくなるパターンだよね。と言っていたら案の定。朝、顔を合わせるとすっかり素に戻っていて、狐につままれたような気分になってきた。
でもどこかで、お互いが、それまでどこかよそよそしかったものが消えているような気がしないでもない。
ちなみにあとで合流したみーちゃんは、私たちの様子を見て、ドン引きしていた。
あんたたち、どうしたの?何があったの?めちゃくちゃ変だよ。怖い。と言いつつ、その様子を面白おかしそうに見てはいたが、私たちの温度にまでは残念ながら追い付けなかった。
だから職場で今度、不穏な空気になったら、この麻婆豆腐を食べたらいいんじゃないか。と思う。
なにかのスパイスが、麻薬的な作用を起こしたんじゃないか。
それは大麻を摂取した人が、味わう気分のようだった。麻婆豆腐だけに。
あの多幸感、あの連帯感、あの吹く風すらも面白い幻覚作用(?)。
本格麻婆豆腐を食べてハイになれる安い私たち。
結局何が面白かったのか、わけがわからないけれど、思い出しただけでまた、あの頭のおかしさに笑いが込み上げてくる。
ちなみにそのメンバーの中で、酒を飲んでいたのは一人だけだった。
