メタ認知 | 想像と創造の毎日

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  カラオケ行こ!が面白かった。

  

  ヤクザの狂児が、合唱部部長の聡実に歌のレッスンを頼む。

  組のカラオケ大会で最下位を回避したいためだ。

  ただそれだけの話である。


  ロケはほぼカラオケボックスで、派手なアクションも残酷で暴力的なシーンもない。

  けれども俳優さんの演技がすごい。

  思春期特有の卑屈さとか斜に構えた演技をする聡実演ずる齋藤潤さんも、世の中も自分自身さえもを冷めた目線で見ながら飄々としつつも、人にも自分の生い立ちにも俗世に対しても恨みを持っていない狂児演ずる綾野剛さんも。


  こういった映画はストーリーはものすごく単純なのだが、その分人の心の機微をどう描くかが問われると思う。


  初めは狂児をウザがっていた聡実が、狂児に対して特別な思いを寄せていく過程にキュンとするのだ。


  聡実の父親は、無口で不器用ながらも息子を一身に愛し、母親は思春期の息子に多少手こずりつつも愛情深いごく一般的な母親増なのだが、聡実の思春期の複雑な心情はその血縁の距離の近さゆえに見えない。


  聡実は子供が家庭や学校では得られない体験を狂児を通して得るのである。


  それは狂児が、学校や家庭や会社といういわゆる"俗世"から離れた特異な存在てあることがポイントだ。

 

  狂児は組の中でも、若頭補佐という肩書きを持っているのだが、その佇まいはヤクザによくある威圧的な態度ではない。


  初めて歌った時に、聡実に裏声が気持ち悪い。と言われても怒ることなく、納得する仕草を見せるのだ。

  のちに同じ組員たちにも聡実を引き合わせ、自分と同じようにアドバイスをするように言うのだが、聡実の忖度のない辛辣な言葉に怒り出す組員を前にして、狂児は、ただのアドバイスや。自分を知るいい機会や。と言って宥めるのである。


  狂児が他のヤクザと違うのは、自分を客観的に見ることのできる能力の高さである。


  自分が聡実に気持ち悪いと指摘されても怒らなかったのは、自己肯定感が高いというよりも、メタ認知の高さゆえであるように思える。




  メタ認知とは、自分を客観視する能力とも言える。

  狂児の態度に当てはめれば、他者の言動を通して自分というものを俯瞰的に見ているということだ。


  茂木さんの言葉によると、メタ認知の難しさは暗黙知の構造にあり、自分にとって当たり前のことはそれを認知するのは困難だという。そしてその差異に気付くためには、他社とのすれ違いが必要だというのだ。


 狂児は、自分を否定されるような言葉でさえ、自分を認知するための材料にする。 

  その積み重ねが、他者への理解、そしてコミュニケーション能力を高める経験になるのだ。


  ともすれば卑屈になりがちで、物事を他責にしがちな思春期真っ只中である聡実には、狂児の生い立ち、そして今ある環境だからこそ培われた生き抜くためのそのスキルが眩しかったのだろう。


  カラオケボックスで、何を話すわけでもなく、淡々と狂児が歌うのを聡実が聴いている。

  その一見なんでもないシーンにこそ、二人の唯一無二になりつつある関係性が現れている。


  聡美が理不尽な理由で湧き上がる感情のまま、狂児を罵ったあとに、狂児が事故に遭うのを目撃してしまう。


  狂児が死んだ。という悲しみと悔しさ、自分への後悔という気持ちを抱えながら歌い上げた"紅"は、組員たちの心を揺さぶる。


  ちょうどその日は、聡実の合唱部の引退コンサートの日で、聡実はそれを投げ出して、狂児の安否を確かめるべく、組のカラオケ大会に乗り込むのだった。


  映画の冒頭。優勝できたはずの大会でなぜ、3位だったのかと問われた顧問が、「愛が足りなかったから」と答える。

  その曖昧な返答に部員たちは呆れるのだが、奇しくも最後に変声期で上手く歌えないにも関わらず聡実は、その"愛"を見事に歌で表現するのだ。


  素直になれないのは、自分に自信がないからでもあるけれど、メタ認知が低いからだった。


  狂児は、その辺にいるずるい大人ではあるけれど、"染まっていない"大人だ。


  最初の大会で、審査員が下した結果ではなく、自分が一番上手いと思ったから、聡実を歌の先生に選んだ。


 自分のことを自分が評価されたいように世間に繕う

ことがない。


 "愛"と言わずに"愛"を伝える。

  というか、"愛"は、いつのまにか湧き出るものだ。

  いや。そこにあるものだ。

  自分が誰かと関わりたいと行動することで、気付くものだ。

  そこには損得勘定も、意図もない。


 聡実にとって狂児は、自分が教えつつも、同時に教えられる存在なのだった。