悪い子じゃないと思うのだが、やっぱり自分には合わないなあと感じる人がいる。
気が利くし、仕事はしっかりしているし、人望も厚いし、私にも良くしてくれる。
それなのに私ときたら、みんなのように彼女のことがどうにも好きになれないのだ。
何気ない世間話をしているときも、どこか身構えている自分がいる。信頼ベースで人と付き合いたいのに、彼女の前で私は不信べースなのだ。
大きな街から数年前に引っ越してきた彼女は、まず自分が越してきたアパートの文句を言った。
そのアパートは私の親友の勤める会社のものだったから不快になった、ということもある。
掃除がなっていない、エアコンが付いていない、除雪が遅い、等。
アパートは業者が入らない。だから敷金はないし、退去時の清掃費もかからない。不動産屋が仲介していないから礼金もない。お金の面では都会よりも随分と安いとは思うのだが。
確かに否はこの会社にもあるとも思うのだけど、しかしだからこそ、ここはその田舎気質のなあなあさで、互いに信頼し合っているのだ、ということが彼女には理解できないのだろう。
極めつけは、隣にあるスナックの夜中の騒音がうるさくて、警察に通報したということだ。
そのスナックも友人がママをやっていた。
壁が薄いからカラオケの音は確かに外に漏れるが、地元民はそこにしかない憩いの場だから、仕方がないと気にも止めない。
都会がなぜ、殺伐とするのか、彼女を見ているとなんとなくわかる気がした。
互いのことを知らないから、許せることが許せなくなる事柄が増えるのだろう。
不便さに慣れているから、気にならないことが多いのも田舎の人の特徴かもしれない。
システムが整っていることよりも、人と人との関係性を重視せざるを得ない。
合わない部分を上げればキリがない。
私は食べたいものをわりとなんでも食べるが、できるだけ自然のものを食べたい。というのも、健康面を気にしないわけではないが、自然のもの方が美味しいからである。
しかし彼女は、身体に人一倍、気を使っているようだが、主にそれはサプリメントなのである。
山に登って遭難した人のニュースを見ては、あんなことわざわざ人に迷惑かけてまでやることが信じられない。道路脇で、カメラを構えてワシを撮ってる人とか、意味わからない、などと言う。
けれどもそれは彼女の価値観で、私とは違うだけのことだから、そういう話になったら、私はいちいち、泥がついた山菜や野菜の方が味が濃い、山へ登ると心が元気になる、ワシは姿がとてもかっこいいからついついカメラを構えたくなるんだよ、とか言って、理解されなくても、私はこうだよ、と伝える。
彼女と同じ歳のみーちゃんは、時々、彼女と自分を比べて、自分を卑下するときがある。
彼女のように上司に気に入られない、男の人にモテない、自分は酒も飲めなくて面白くない、整理整頓が苦手、身なりが適当…など。
みーちゃんは充分に身なりに気を使い、見た目も可愛いし、仕事はしっかりするし、信頼も厚いし、言っていることはほぼ矛盾しないし、全然卑下する材料なんて見当たらないから、私はそう言われるたびに怒る。
上司に気にいられたかったの?あの保身と無関心と実力とプライドの高さの見合ってないやつらに!?(←言い過ぎ)男にモテたかったの??だったら、毎日スカート履けよ。(そういう問題??)
酒のめたら、面白いの??あんなん、頭がバカになるだけ!(飲兵衛を敵に回す発言)整理整頓なんて、やられすぎたらこっちが緊張するわ!(そうなの?)
あんたは全然わかっちゃいない。自分のいいところをまったくわかっていない!
充分、面白いし、可愛いし、うちらのこといつも考えてくれるし、そして何より野性的だ!
最後の言葉が余計だったらしく、みーちゃんは苦笑いする。
野性的なんて、私にとっては最上級の褒め言葉だというのに!
見上げる山は真っ白になり、その稜線は青との境目で美しく輝いている。
みーちゃんは、運転中に時々、山がよく見える場所に車を停めて、写真を撮るのだと言った。
登山をするまでは、自分の住むそばにある山のことなんて見もしなかった。
でも、今は、樹氷や川の流れに目がいく。
あんたのせい…いや、おかげかな。と。
いや。ババアになったからだろ。
金で買えないものが、金で手に入らないものの美しさが、年をとったからわかってきたんだ。
姿ばっかり取り繕っても、心は取り繕えない。
こないだ結構なふくよかさの後輩とみーちゃんと、トレッキングのあとに小さなカフェに寄った。
私とみーちゃんはカツカレーを頼み、彼女はダイエット(?)だと言って、チーズカレー(それって、ダイエット??)を頼んだ。
マスターのおじいちゃんが、私たちにカレーを持ってきて、最後、その後輩のところにも置いた。
「サービスだ。たくさん食えよ。」
と彼女の前に置かれたカレーには私たちと同じ量のカツが乗っかっている。
そして私のカツは、間違って切ったと言って、みーちゃんの2倍はあるかと思われる分厚いカツが乗っていた。
「うわあ!すごい!ありがとうございます!」
後輩が、ポコポコしたまん丸の頬を膨らませて喜ぶと、おじいちゃんは、
「めんこいなあ。」と呟いて、去っていった。
みーちゃんはすかさずグレる。
「私には、サービスないの??ずるい!!」
後輩は、
「せっかく歩いたのに…」
と言って、けれどもとても嬉しそうだ。
私たちは、みんなでわはは!と笑って、空腹にカレーを流し込んだ。
本当に、カレーは飲み物だよね。
後輩は、だから痩せられない。
食べている姿があまりにも可愛いものだから、思わず誰もが食べ物を与えたくなるのは、すごくよく分かる。
だけど、細かいことをあまり気にしない気楽さで、私はついつい後輩を遊びに誘ってしまうのだ。
彼女のことは、誘わないのに(というか、誘っても来ないだろう)。