あまちゃん | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

  テレビはほぼ見ないのだが、最近、あまちゃんが再放送されているのを知って、毎朝見ている。


  もう10年前になるのか…

  息子が小学生のとき、このドラマが大好き過ぎで、毎日しつこく録画したものを何回も見せられていたことを思い出す。


  初期の主なストーリー。

 

  田舎が嫌でアイドルになりたくて東京へ家出した春子が、十数年後、娘のアキを連れて、故郷に帰ってくる。


  アキは、暗く引っ込み思案だった。


  しかし、祖母の夏は海女さんで、アキはその様子をひと目見てから気に入ってしまい、自分も海女になりたいと海に出かけるようになる。



  今日の話の一部。

  海女の姿のアキがカメラ小僧に勝手に写真を撮られたことを春子に告げると、彼女は激怒する。


  夏は、この時期にはよく現れるし、大事な客でもある。しかも、そいつは話したが、悪いやつじゃないと言う。


  春子は夏がその怪しげな男と話したことに驚き、田舎者はすぐに他人を信用すると罵り、夏は東京もんは被害妄想が強い、他人を信用しなればこの街で暮らしていけねえと返す。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93



  最近では、この田舎町にも都会からの移住者がやってくるし、大きな街から転職してくる職員もいる。


  彼女たちは、この街の警戒心のなさに驚き、いろんな対策ができていないと口々に言うのだった。

  私たちは、そのたびに狼狽したり、反発したりする。


  なるほど。その違和感は、夏の言うように他人への信頼度なのかもしれない、と思う。


  自分が幼い頃は、街で会った人には必ず挨拶をしなさい。と言われて育った。

  それで、たまに遠征なんかで都会に行って、道行く人にいちいち挨拶をしていたら、顧問の先生がしなくていい。というものだがら、とても戸惑ったことも思い出した。


  しかし、初めはピリピリ、ツンケンしていたそんな都会からやってきた人たちも、中には合わなくて出ていく人もいたけれど、大概は慣れるのか、うるさいことを言わなくなってくる。


  職場でも、そんな都会から来た人に指摘されて変えたこともあったけど、変えられないことや、なんとなく変えようとしなかったことは、仕方ないなとその人は諦めたらしい。


  最近では、この職場の温かい雰囲気が好きです!とか言い出す始末で、みーちゃんは、内心、ホントかよ。でも言いたげに怪訝な顔をしていた。


  



  パクチーの種は特殊で、ひとつの丸い殻の中に、ふたつの種が入っているらしかった。


  だから本当は、ふたつに割って、それぞれを離して植えるとよいらしいのだが、知らないから、ひとつしか植えていない場所から二つ芽が出てきて、すごく不思議だと思って眺めていた。


  あまちゃんもそうだけど、クドカンの作品は人がとても魅力的だ。

  それはキャラが何かに優れているとか、かっこいいとかではなくて、どの人も普通なようで、でもなんだか変で、どちらかというと何かが足りなくて、くだらないことでみんな揉めている。


  だけど、ぶつかり合わない物語なんて有るんだろうか。

  一人しか出演していない物語だって、自分の中で相反する自分が葛藤している。


  あまちゃんは、どの人が欠けても面白くない気がした。

  ほとんど話をしないスナックでひたすら琥珀を磨いている小田勉ですら、なんだかいい味を出しているように見えるのは、常にうるさい駅長の大吉のおかげである。


 比べると落ち込むことがたくさんあるけど、でもそれでいいじゃない。

  クドカン作品は、"素"であることの大切さを教えてくれている。

  いや。大切とか、もはやそういう次元ですらない。

  こうなって、こうなった。

  なんなら、辻褄が合わないことすら多々ある。

  けど、そこが特に気にならない。

  そして、笑いも泣き所も、押しつけがましくないのである。