暦の上では一年で一番寒い日を過ぎた。
しかし北国では、吹雪と流氷がもたらす寒気を体感で感じる冬の本番のはじまりだった。
流氷は、網走側よりも、知床(ウトロ)の方に多く移動していたようだった。
流氷はまるで生きているかのように、日々、居場所を変えていく。
潮の流れに置き去りにされた小さな流氷が、波を止めていた。
この海を動かすものが、地球に生きるものたちの運命を決めているような気がしてくるのだった。
海を見ていると人が神を信じた瞬間が自分にも降りてくる感覚になり、太古から継がれてきたDNAの小さな奇跡が自分の中で震えるのを感じる。
あらゆる波が、意識を介さない部分で命に躍動感を与えているみたいだ。
五感で捉えた感覚は、言葉で認知する領域を迂回する行動で人に野性的な反応をもたらす。
毎日少しづつ読み進めてる本には、理性的でいられる部分が、破壊に導いてきたような歴史が書かれていると私の脳が勝手に解釈している。
頭を空っぽにして、風に吹かれ、波の音に耳を澄ませていると、思考に閉じ込められていた自分を感じるのだ。
寒い。と認知するまえに、身体は寒いことをすでに知っている。
その部分をもっと感じていたいのは、自分が自然の前ではなんでもない存在になれることの自由さが心地よいからだ。


