秋です。
色付いていく紅葉は、
桜が咲いていく過程と
真逆の感情を呼び起こします。
桜の春はワクワクします。
命が一斉に爆発する合図です。
紅葉の秋は切ないです。
死へ向かう助走です。
切ないという意味は、
心が切れるほどの思いだそうです。
しかし元々は、
そんなネガティブな感情のことではなく、
切実なとても大切な思い
という意味だったそうです。
(「切ない」の意味と使い方より)
人は大切な思い。というものを
欲望を膨らませることによって
痛みのような意味に変化させたのだと
思いました。
大昔の死は
今よりもっと身近でした。
人が人と出会い、別れを
繰り返すことも
あたりまえのことでした。
厳しい自然の中で生きることは、
その感情に浸っていられるほど
生易しいものではなかったと
思うのです。
大切な思いに執着できる余裕を
文明は作り出しました。
命を永らえるほどに
人は様々なものを
知れるようになった。
それが切ないという言葉を
痛みに変化させたのでしょうか。
半分の紅葉が全て色付く前に
雪が降り始めるでしょう。
切ない秋が100%になる頃。
優しい死の季節が迎えに来るのです。
真っ白い雪は
地面を覆い尽くして、
命は静かに温かな土の中で
眠りにつきます。
積もってしまった雪は
すべてを諦めさせます。
しかし弱い光であるはずの
冬の太陽の照り返しは
夏に勝るとも劣らない
眩しいエネルギーを
持ってもいるのです
秋は切なさ50%。
色付いて切り取られる
あの赤と黄色とオレンジ色が
一枚一枚落ちていくのを
じっくり味わう。
ああ、泣く。
切なくて、泣く。
泣けるほどに今、心が動いてる。
文明に
生きているからこそ
生かされているからこその
この余裕。
