ー言霊的に言えば、「学ぶ」とは「まねぶ」こと。
つまり、真似をすることはそのまま学びとなります。
これは日本人に特有の感覚ではないでしょうか。
そのような意味での学びに関係していると思われるのが、ヒトの脳において特に発達した、真似をするための神経系「ミラーニューロン」です。
ミラーニューロンは他者の行為を鏡に映すようにして脳内で再現する能力に関係しており、これによってヒトは他者の思考や感情を想像できます。
さらに、他者の心を学ぶ(真似る)ことにより互いを思いやり、天地自然の諸現象に対しても情緒を覚えるのです。
このことは、人間社会における倫理や道徳の成立に深く関与していることはもちろん、階層的な入れ子構造を持つ複雑な構文の理解にも関与しているでしょう。
そしてそのように、自分以外の存在が何をどう感じているのかということを想像する能力こそが、文化や文明の基盤になっているといっても過言ではありません。
ミラーニューロンによる模倣は、先人の知恵を後世に伝えることを可能にするため、人類の文明を爆発的な速度で進歩させた一要因となっています。ー
今までの私は、誰かに相談されると自分の経験で得たものを使って、解決方法を教えようとしてきました。わからないと言うのは無責任で思いやりがないように感じていたし、聞くだけだと自分が無能だと思われそうで嫌だった。
だけど人が何を私に求めているかを知ろうとするよりも、私がそれを聞いてどの立場に立ったのかとか、それぞれにおいてそれに対してどう感じたかを自分の中で知ることが大事だと思ったのです。
私は後輩のために何かの役に立ちたいけれど、それは私の考えや経験を押し付けることとは違います。後輩の話を聞いて、自分が後輩と彼女の立場になってみて、自分の中で感じた感情に忠実でいることの方が大事だと思いました。
そこで感じたことを表に出すかどうかは、相手のその時の感情の状況にもよります。感情的になっているときは、どんな言葉も届くことはないからです。
話を聞くときは、まず私の存在を横に置いて、目の前の人に成り代わります。悲しさを感じたら私も悲しくなり、怒りが沸いているのを感じたら、私もそのまま怒ります。
私が後輩の気持ちになって怒ると、不思議なんです。後輩は私の怒り方にドン引きして、まあ、そこまでじゃないんですけどね。と、逆に私をなだめやがる。
は?は?なんなんだよ!!
こっちは、あんたの気持ちになって、こんなに感情を共有してるのに。
まったく。恥ずかしいじゃねーか!ww
でもそうやって人と人って、お互いの欠点や癖を直そうとするのではなく、理解しようとしていくのでしょう。完璧な人間はいないし、きっと一生、誰も完璧な存在になることはできない。だから自分の周りにはそれを補ってくれる他人がいるんだと思うのです。それは自分が好むとか好まないに関わらず、自分という存在を確定してくれる要素です。
私がいるように、あなたがそこにいるだけなんです。