ミラーニューロン | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

  朝から大きな目に涙を溜めて、後輩が私の職場の部屋のドアを勢いよく開けます。
  その表情は悲しいというよりも、怒りのあまり涙が込み上げてきているようにも見えました。

  わがままで自分本意を貫く年上の同僚と彼女は折り合いが悪いのでした。今日も彼女にキツい言葉を投げかけられたらしく、そこで感じた怒りを彼女にぶつけてしまう前に私に話を聞いてもらうことで落ち着きたいのだと後輩は言いました。

  確かにその彼女は、自分の尺度でしか物事を見ることができないように思えるし、直情的で自分が気に入らないことがあったら、よく自分で考える前に心のままに相手に言葉をぶつけているようにも見えました。
  それがあまりにもエスカレートしてくると、普段は我慢している周囲もそれに耐えきれずにもっと強い言葉で彼女を傷つけることになり、職場の人間関係のバランスが大きく崩れてしまうのです。

  後輩には、腹が立ったらとりあえず、ここに来い。と言っています。私の仕事は彼女たちの仕事とは直接関係ない立場にありますので、私が彼女たちの思考や行動に的確なアドバイスができたり、優劣をつけたくなることもありません。
  だからこそ私は彼女たちの感情のただの鏡になれるのだと思いました。それは、どうすればいいかを考えるよりも先に冷静な思考を取り戻すための依り代です。

↑リブログ内の"感情という名のシグナル"の部分は必見です。
 
  リブログ先の中にありますリブログ記事の内容がとても面白かったので、一部抜粋させていただきます。


ー言霊的に言えば、「学ぶ」とは「まねぶ」こと。

つまり、真似をすることはそのまま学びとなります。

これは日本人に特有の感覚ではないでしょうか。

そのような意味での学びに関係していると思われるのが、ヒトの脳において特に発達した、真似をするための神経系「ミラーニューロン」です。

ミラーニューロンは他者の行為を鏡に映すようにして脳内で再現する能力に関係しており、これによってヒトは他者の思考や感情を想像できます。

さらに、他者の心を学ぶ(真似る)ことにより互いを思いやり、天地自然の諸現象に対しても情緒を覚えるのです。

このことは、人間社会における倫理や道徳の成立に深く関与していることはもちろん、階層的な入れ子構造を持つ複雑な構文の理解にも関与しているでしょう。

そしてそのように、自分以外の存在が何をどう感じているのかということを想像する能力こそが、文化や文明の基盤になっているといっても過言ではありません。

ミラーニューロンによる模倣は、先人の知恵を後世に伝えることを可能にするため、人類の文明を爆発的な速度で進歩させた一要因となっています。ー


  今までの私は、誰かに相談されると自分の経験で得たものを使って、解決方法を教えようとしてきました。わからないと言うのは無責任で思いやりがないように感じていたし、聞くだけだと自分が無能だと思われそうで嫌だった。

 

  だけど人が何を私に求めているかを知ろうとするよりも、私がそれを聞いてどの立場に立ったのかとか、それぞれにおいてそれに対してどう感じたかを自分の中で知ることが大事だと思ったのです。


  私は後輩のために何かの役に立ちたいけれど、それは私の考えや経験を押し付けることとは違います。後輩の話を聞いて、自分が後輩と彼女の立場になってみて、自分の中で感じた感情に忠実でいることの方が大事だと思いました。

  そこで感じたことを表に出すかどうかは、相手のその時の感情の状況にもよります。感情的になっているときは、どんな言葉も届くことはないからです。


   話を聞くときは、まず私の存在を横に置いて、目の前の人に成り代わります。悲しさを感じたら私も悲しくなり、怒りが沸いているのを感じたら、私もそのまま怒ります。

   

   私が後輩の気持ちになって怒ると、不思議なんです。後輩は私の怒り方にドン引きして、まあ、そこまでじゃないんですけどね。と、逆に私をなだめやがる。


   は?は?なんなんだよ!!

   こっちは、あんたの気持ちになって、こんなに感情を共有してるのに。

   まったく。恥ずかしいじゃねーか!ww


   でもそうやって人と人って、お互いの欠点や癖を直そうとするのではなく、理解しようとしていくのでしょう。完璧な人間はいないし、きっと一生、誰も完璧な存在になることはできない。だから自分の周りにはそれを補ってくれる他人がいるんだと思うのです。それは自分が好むとか好まないに関わらず、自分という存在を確定してくれる要素です。


   私がいるように、あなたがそこにいるだけなんです。