日本の男性は、
いつもSEXに関して
もの凄くコンプレックスがあるということ、
そして
女性からのリクエストを
「自分のSEXが下手だから、
文句を言われている」と、
受け取ってしまいがちということです。
男は強くなければならない。
女性より優位でなければならない。
そんな化石化した考えが
まだ現代人にも
残っているのかもしれません。
そしてそんなプレッシャーに
疲れた男性が
「もうこれ以上責めないで」と
男のプライドと称して
外壁を固めているような
気がしてなりません。
ーリブログ内より転載させていただきました
この間、何気なくテレビを
見ていましたところ、
スピードスケートのニュースになりまして、
息子がやっていた頃にいつも大会で
見かけた選手の名前を見つけて、
すごいねえ!と息子に言ったんです。
息子は無言でリモコンを持って、
チャンネルを変えました。
「ちょっと!今、見てるんだけど!
勝手に変えないでよ!」
とリモコンを取り返しますと、
息子は
「もうスケートなんて、
見たくもない。」
と怒りに震えているわけです。
スピードスケートが
息子に根気を授けてくれたことは
間違いないのですけど、
それと一緒に勝てなかったこと、
途中で辞めてしまったことへの
罪悪感や敗北感も
息子の心の中に
同時に置いて行ったわけです。
またそこからいつもの
親子喧嘩が勃発するわけなのですが、
不思議なんですよ。
娘とはこのような
訳の分からないケンカになることなど
ほとんどなかったと思うんです。
なのに息子は、
私の何気ない一言に
なんだかひどく傷つくみたいなんです。
ずっと考えていたんですけど、
こちらの記事を読みまして
理由に説明がつきました。
それは息子が男であり、
私が女だからこそ、
勃発してしまうケンカだと
いうことなんです。
息子との距離が近い私は、
彼の中に男であることの
可愛さと同じ量の軽蔑を
同時に感じているのだとも思いました。
というよりも、
娘よりも異性である息子の方に
私の期待が寄せられていることでも
あるのです。
息子の中に不意に見える
無意識の男尊女卑のような考え方や
女の私からしたら
ひどくくだらなく思える
小さなプライドみたいなものを見つけると
私は息子を論破して、
ズタボロにしてしまいたくなるのです。
そんなとき私は、
あー。私は男という人種を
本当は憎んでいるのかもしれない。
そんなふうに感じたりもします。
だけど彼らは自ら望んで、
男という性を選んだわけじゃない。
子供を生めないという性が持つ、
生き物としての無力感は
女が感じる虚無感や孤独感とは
根本的に違う。
きっともっともっと深くて、
辛いものなのかもしれない。
そんなふうにも思うのです。
弱いことは真っ先に
負けるということであり、
負けるということは、
死と同等であるのだろうことは、
文明が発達した現代においても、
少しも変わらないのかもしれません。
婚姻関係を結ぶと
男性の性を名乗らなくてはならない
制度を考えてみても、
男と女は同等でありながら、
平等ではないことに
考えは巡ってしまいます。
娘には一人でも
堂々と生きていく力を。
息子には傲慢にならずに
謙虚でいられる心を。
女である娘には男のような強さを。
男である息子には
女のような気遣いを
私は求めてきたのだなあと
思ったりもします。
女は弱いふりをしなくてもよくて、
男は強いふりをしなくてもいい。
自分の持った性を否定することは
ないけれど、
自分の持った性が背負っている
社会のイメージや偏見に
振り回されて欲しくない。
あなたたちは、
男でも女でもなく、
まずはただの人間で
あって欲しい。
でも息子に対してだけは、
自分の手元から離れる前に
いい男に仕上げたい。
そんな欲望も抑えられないのです。
私が目指す息子の
最終形態。
イイ男、とは。
自分のコンプレックスを
さらけ出せる勇気があり、
自分の欠点を知っていて、
なおかつそれを
受け入れていて、
指摘してもグレない。
そういう男のことをいうんです。
そして私がよく息子に言う、
とても大事なセリフがあります。
「AV、鵜呑みにすんじゃねーぞ!!
アレはエンタメだ。」
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