アダルト・チルドレン | 想像と創造の毎日

想像と創造の毎日

写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

どちらかと言えば、人見知りです。
幼い頃は、大人しくて引っ込み思案でした。
大人の顔色を窺い、
先生や親など、
自分の身の回りの大人を
怒らせることや
不機嫌にさせることは
罪だとすら思っていました。
そのことは、友達の間でも
無意識に発揮されました。
自分だけでなく、
友達同士のケンカを見ることが
とても嫌でした。
人の傷が自分の傷に
なるみたいで心が痛い。
だから自分が我慢することで、
全てが丸く収まるのなら。
そう思ってきたのです。

幼い私は親に
世界の童話や日本昔話の絵本を
たくさん買って
もらっていました。

その何十冊にも及ぶ物語。
何度も繰り返し読むから、
ページを閉じる紐が何ヶ所か
解けてしまっている本が
二冊ほどありました。

人魚姫と幸福の王子

このふたつの物語の主人公たちは
自己犠牲を自分の幸福にするように
最後は命を落としてしまいます。

私が美しさを感じてきた場所。
人のために自分を傷つけ、
罪悪感に苛まれながら、
虚無を感じる。

それがナルシストであり、
エゴイストである証拠だと
気づいたとき。

私は自分がなんて恥ずかしくて、
傲慢な人間だったのだろうと
愕然として、
また再び自分を責めたのでした。


私はきっと、
本当の寂しさを知らない。

ホントのひとりの寂しさを
味わったことがないくせに
なんだか時々、
ひどい孤独感に苛まれて、
ひとりではもう二度と
立ってはいられない。と、
無性に誰かに助けを求めたくなる。

物理的な距離感じゃなく、
心理的に近い距離にいてくれるような
誰か。

人は誰もがみんな
全てを分かり合えない孤独な生き物だと
頭では理解していても、
一度感じてしまった感情の種類は、
自分の狭い価値観なんかじゃ、
簡単に変えられない。

感情を知るだけでいい。と
教えてくれた人がいた。

それはとても素晴らしい発見だと
思った。

寂しい。寂しい。寂しい。
虚しい。虚しい。苦しい。

そう何度も心で呟きながら、
わざと寂しい場所に行く。

誰もが私の全てを理解できない。
誰もが私のことだけを一瞬も
忘れることなく愛してくれる
ことはない。

大人になる過程できっと誰もが
受け入れられるようになったであろう
そのあたりまえの認知。

それを受け入れられない私の持つ
悲しさや苦しさだけを
くっきりと感じられる場所へ
ひとりカメラを持って、
車を走らせる。

どうしようもないから、
どうにかしたいともがいていた。

たけどそのどうしようもないことが
ただ今、ここにある。
ということを
知るためだけに私は
きっと生きていた。

人生は答えの出ない旅。
善でもなく、悪でもない。
それは誰かの側にある何かで
分けられた仮の種類であって、
それが物事の真髄ではない。
外側を感覚が受信し、
その際に内面に表出した感情を
私という入れ物を使って震わせる。
それをただ味わう過程に
私が今いるだけ。

私が知りたかったのは、
なんのために生きているのかではなく、
自分は何が好きで
何をしているときが楽しいのかを
自分の中に探す方法なのです。

楽しいを味わうために
寂しくなったんだね。

傷ついていたばかりの
幼い頃の私にそっと
話しかけてみるのです。