単純な脳みそ | 想像と創造の毎日

想像と創造の毎日

写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

教科書や児童書の次に
大人が買うような本を読んでみようと
初めて買ったのが、
吉本ばななさんのTSUGUMIでした。
そんなにおもしろいとは思えなくて、
次に買ってみたのはこれです。


読み進めるほどに、
意味がわかりませんでした。
けれどもどうやら。
頭のおかしい人は
私以外にたくさんいるらしい。
そんなふうに思いました。

幼い頃からぼんやりと考えていた
意識や脳みそのことが
この本の中にあったと思いました。

何もしてないというのに
私になんでも買い与えた
祖父の膝の中の息苦しさ。
高熱にうなされながら見た
日航ジャンボ機墜落事故のニュース。
吐き気をもよおしながら眺めた
宇宙の図鑑。

幼い頃から感じていたのに
誰にも言えなかった、
生きてることの漠然とした不安や
自分という存在の曖昧さのようなもので、
時々おかしくなる私は
母や祖母をことあるごとに
薄気味悪くさせていました。

眠る前に飲まされていた
宇津救命丸の苦さ。
こんなもので
この不安がなくなるわけもないのに
私は母を安心させるために
布団の中で静かな寝息を立てる
フリをしていたのです。

同じ年の友達が、
舗装道路にチョークで書いた
私の悪口。
私と一緒に誰が学校から帰るのかと
毎日勝手に争う友人たち。

それを心のどこかで、
いつも冷めた目で見ていました。

みんなどうして
そんなにくだらないことで、
日々、争うのだろう。
世の中にはもっと、
不可解で恐ろしいことが
たくさんあるっていうのに。


毎日決まった時間に起きて、
当たり前のように食べ物を口に運び、
授業を聞いて、
友達と遊び、テレビを見て眠る。

もちろんその中で、
悩んだり、怒ったり、
笑ったり、泣いたりもしているのだけど、
何かのきっかけで
そのわけのわからない
不安のスイッチが入ると、
自分というものが途端に
曖昧になりました。
心臓がバクバクと音を立てながら
早くなり、
冷や汗が額を伝う。

生きてるって、一体、何?
私が生きているっていう

定義を

根拠を

意味を

いつも私は知りたかった。
この得体の知れない不安を
取り除くには
そのことを知るしかないと
思ったんです。

こんなにも性と暴力と死と
矛盾と理不尽と虚無が
溢れている文章なのに
どうしてか私はそのことで、
何かが突然腑に落ちたのでした。

不安を作り出しているのは
自分自身だった。
だったらその不安を
取り除くことができるのも
自分だ。

深く物事を考えながら、
浅い部分で感情は震える。

脳みそは複雑に見えて、
本当はとても単純な器官だったのです。


ー死とは、
眠りなんかとはまったく違った種類の
状況なのではないのだろうか――
それはあるいは私が今見ているような
果てしなく深い覚醒した
暗闇であるかもしれないのだ。
死とはそういう暗黒の中で
永遠に覚醒しつづけていることで
あるかもしれないのだ。ー