突然ですけど、浦島太郎が気になった件 | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

ふと、いろいろ考えてるうちに、突然、
浦島太郎って、結局、どんな教訓だったのか?
と、不思議に思ったんです。

桃太郎とか、カチカチ山とかは割とスッキリする結末なんですけれど、
浦島太郎って、理不尽な話です。

亀を助けたのに、最後は老人になってしまう。

仕事の合間、合間に。←何してんの?(T▽T)アハ
ググりまくりました。


ーもともと、「浦島太郎」が書かれたのは室町時代の御伽草子。その400年後の明治29年に、児童文学者の巌谷小波氏が子供向けに書き直したものが、現在よく知られる「浦島太郎」の物語なのだそうだ。その際、巌谷氏は「約束を破ると良くない」という教訓を伝えるため、鶴になる部分をカットしたらしい。

元来のあらすじは、浦島が竜宮城から故郷へ帰ってくると、700年の歳月が過ぎたことを知ってしまい、途方に暮れる。そんな浦島の手には、持ち帰ってきた玉手箱があった。実は、これには浦島の魂が封じ込められており、浦島は老いない体になっていたのだ。そこには、乙姫の「浦島に再び会いたい」との思いが込められていたのだという。ー


出典→こちら

こう読んでみると、
こういう童話みたいなものも、
本来の物語が社会の都合のために
改ざんされている歴史があるのだなあ…
と私は思いました。

日本の昔話や、グリム童話。
マザーグースや童歌も、残酷なものが多いです。

しかし、子どもには相応しくない。
という理由で、
都合よくハッピーエンドになったり、
オチがついていたりする。

オオカミと七匹の子ヤギなんかは、
今では、腹が割かれる前に
オオカミが改心している絵本もあるし、

カチカチ山も、
タヌキが溺れないバージョンも
存在するようだ。

まあ、子供たちを残酷な話に触れさせたくない、
とか、
どんな悪いことをした者でも、
反省をすれば許される。
というようなことを伝えたいと思うのは、
親であれば、気持ちはわからなくもない。

しかし、私は思います。

それは、なぜ?と思ったり、
考える、想像する。という機会や、
ありのまま。でいいという選択肢を
奪うことにも成りかねないのではないか?と。

浦島太郎の物語の教訓を知ることが
大事ではなかった。

浦島太郎という物語について。
何を想像したのか。

答えのない物語というものは、
私たちにそういう機会を与えてくれていると
思う。

それは、ジブリ作品にも言えていて、
東洋思想的な曖昧といえる概念こそ、
人間の欲望を常に優先してきた
合理主義に行き詰まりつつある
昨今の西洋思想を崇拝することに対し、
警鐘を鳴らしているものなのだと考えたのです。


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