50年以上生きてきて
初めてバックパッカーと話をした。
成り行きはこうだ。
木曜日のある日、夫からメールが来た。
「◯が男2人で貧乏旅行をしているらしい。
土曜か日曜あたり、こっちに来るから
ウチに泊まりたいと
言ってきたんだけど
2人、泊めてもいいかな」
◯というのは、夫の妹の息子だ。
夫の実家は九州なのだが
その◯、甥は今、福岡に一人暮らしで
大学に通っている。
大学は春休み中なのだ。
土曜日は2日後。
部屋も掃除しなきゃいけないし、
客用布団は1組しかない。
それに、私も土曜は遊びの予定を
入れている。
なんで、田舎の奴はみんな
家に泊まりたがるのだ。腹が立つ。
でも、義理の妹夫婦にはいつも
さんざんお世話になっているのだ。
帰省したときはもちろん、
頼りにならない長男の夫の代わりに
両親の面倒を見てくれている。
いくらなんでも断れない。
「ダメとは言えないから仕方ないよね」
そう返信した。
家で、帰宅した夫に
ぶつぶつと文句を言った。
言わずにいられなかった。
「簡単に泊まるとか言うけど、
布団だけじゃなくて、
シーツとかだって
洗ったりしなきゃいけないし」と
言った途端、夫がキレたように
「だから、◯に即答しないで
びーるに相談したんだよ!」
「じゃ俺がシーツ洗うよ!」
やっぱり馬鹿だ、コイツ。
「シーツだけじゃないよ、準備は。
ご飯だって、何だって…
それに、土曜なのか、日曜なのか、
時間もわからないんだよね…
月曜は下の娘の卒業式だから、
朝ごはんとか、どうするの?」
夫は黙っていた。
翌金曜日、帰宅した夫は
「どうも日曜になるらしいから、
俺、ホテル取った」
前に義弟がこっちに来たとき、
娘がインフルエンザにかかって、
義弟にはホテルに泊まってもらったことが
あったのだ。
やった事があったから
出来たんだな、よくやった、夫。
日曜日の夕方、甥っ子とバックパッカー君、
駅前で待ち合わせをして、
一緒に食事をした。
今回の旅のテーマは
福岡から東京まで、
ヒッチハイク禁止、無一文の旅、
だったらしい。
バックパッカー君は
学生ながら、靴磨きを起業しているので、
靴磨きをして、お金を稼ぐ。
甥っ子は靴磨きはできないので、
マイクとアンプで、
歌を歌ってお金を稼いだとのこと。
2人ともスタートするとき、
財布からお金を全部抜いてきた、と
言っていた。
正真正銘の無一文。
移動は基本、徒歩。
ただし、稼いだお金は
自由に、交通費としても使ったりした、
とのこと。
その他にも、
「無一文旅行中」の看板を見た
おばちゃんが一万円札をくれた、とか
知らない人の家に泊めてもらった、
なんて話を聞いた。
バックパッカー君、
これまでにも、
ママチャリで九州縦断、とか
ヨーロッパ放浪、とか
色々経験があるらしい。
靴磨きの話も、
話していて、とても楽しかった。
話に引き込まれて、
グイグイ食いついてる私に比べて
「俺には無理」感を
思い切り夫は出していた。
余裕ある大人のようにも見えるけど、
すっかり冷めたピザのようで。
全くもって
愛の賞味期限が切れたことを
私は実感した。
そして、夫が取ったホテルは
なぜかベッドが一つだったと
後で聞いた。
夫はやっぱり夫だった。
2人がどう寝たのかは
私はもう聞かなかった。