下の娘の高校の入学式が終わり、
新生活が始まった。
定員割れ、合格間違いなしで
緊張感がなかったのだろう。
受験会場で近くにいた子と、
娘は仲良くなったようだ。
入学前のオリエンテーションでも
学校へ向かうバス停で、
偶然その子と会い、
楽しそうに笑いあっていた。
入学式の少し前、
やっと手に入れたスマホには
(携帯すら、ずっと持たせなかった)
高校や中学の友達の連絡先が次々と増え、
ラインでのやり取りに夢中だ。
春休みは恐ろしいほどだらけて、
昼夜逆転スレスレの生活をしていた
娘だったが、
新生活も今のところは
何とかなっている。
高校に入学して、まだ1週間だが
娘は驚くほど明るく、前向きになった。
小、中と、学校の誰々がムカつくと
毎日ぶつくさ言っていたが、
「今日は今まで話してない子にも
話しかけて、友達になるんだ」
とか言ったりするようになった。
クラスメイトから、
明るいね、とか
一緒にいると楽しい、
などと言われて、嬉しいのだろう。
自己肯定感が上がったのか、
なんて私もチラリと思ってみたり。
親からすると、
女の子が多く、3年間持ち上がりだから
無事やっていけるのか、と
少し気になることもあるが、
もう心配はせず、
つまづいたらそのとき悩めばいい、と
思うことにした。
高校の先生方も情熱的に見えた。
外部の施設実習がある専門科だから
時間、生活態度、健康管理には厳しい。
でもそれは、
社会に出たら当たり前のこと、と
キチンと教えていた。
特段、信仰がある訳じゃないが、
神さまはちゃんと考えてくれてたんだな、
などとありがたく思ってしまう。
もし娘の成績が良かったら、
この学校、この科には行かなかった。
もし上の娘の吹部顧問の先生が
この学校に異動しなかったら、
この学校のことを調べることはなかった。
娘に小学校の頃から口うるさく言って、
聞き入れられなかった生活態度は
この学校でちゃんと学ぶことだろう。
そして、
頼り、頼られる友達との出会い。
娘が本来の姿でいられる場所は
ここだったのだ。
早合点の思い込みかもしれないが、
そう感じた。
もうスマホを手に
新生活へ飛び出した娘のことは
お友達や先生にお願いしよう。
私の役目はもう終わり。
いってらっしゃいとおかえり、
それを言うくらいでいい。
先日、ミスターオープンマインドに
(私の勤務するお店のお客様。
いつもあちこち話しかけて
商店街を歩いているおじいさん)
娘の合格を伝えたとき、
こう言われたんだった。
「今を楽しんで」
ホントだな。
時代ももうすぐ令和に変わる。
改元の新しい風に乗って
日々のこの瞬間を
楽しい気持ちで過ごしたい。
桜の花が咲き、散ったかと思えば、
美しい若葉が芽吹いている。
いつまでも、自分を変えていける
私でいたい。