他者の世話で自分を満たすことは卒業
ここ1週間ほど、元夫への気持ちに引っ張られておりました
事の発端は、月1回連絡があったのが途絶えたこと
理由は元夫の「家族をやり直したい」に「No」を言ったから
元夫はやり直せないなら連絡するのは精神的にキツイと判断したのか、何なのか分かりませんが連絡が途絶えました
私たち夫婦は共依存でした
仲がいいときは異常に良いのですが、一旦喧嘩になると暴言、暴力に発展し、どっちも自分を止められない
年に1回の暴力が2回、3回と増えていき、暴力の後に謝っていた元夫は謝らなくなり、だんだんとお互いに疲弊していました
私は別れたいのに別れられない精神状態に陥り円形脱毛症、不眠、肺炎などになり、最終的にはカウンセラーさんの力を借りてボッコボコに殴られたのをきっかけに夫を追い出し、別居から離婚へ一気に事を進め1年経ちます
そんな共依存体質の私が1年かけて矯正してきたことは【精神的な自立】でした
誰かの面倒を見るのではなく、自分の面倒を見る
お金を一人で稼ぎ、子どもを養い、親にも頼らず、一旦自分でどこまでできるのか挑戦する
さらにNoを言う練習もしました
私は断るのが苦手という1面があり、すぐ良い人をやってしまいます
ですので、心がざわっとしたら断わる。を心がけました
そして共依存体質あるあるなのですが、ダメと思われる人の面倒を見る側(アル中の夫を支える妻とか)は、とても罪悪感を抱きやすい性質があると思います
暴力も酷い暴言もたくさん言われたのに『あの人を理解できるのは私ぐらいなのに、結果的に見捨ててしまって申し訳ない』という気持ちに苛まれます
これ、一見優しい人っぽいですけど全然です
あの人はダメな人だからって見下して、あの人は一人でも大丈夫!と信頼していない
実際、離婚後の元夫との会話でも今を満喫しているような発言(毎朝、海に泳ぎに行っているとか)を聴くと心がざわっとしていました![]()
一人になって幸せになられると、途端にはぁ?!ってなる![]()
結局私は、自分がいないとダメになりそうな人のお世話をすることで
安心したいだけ
誰かに必要とされている。という実感が欲しいだけ
なぜか?
自分で自分を満たせないから
自分の存在意義を他者をお世話することで満たそうとしていただけ
愛しているわけではないんですよね
私は残りの人生、共依存的なお付き合いはしたくないと思っています
なので共依存体質を改善できれば。と思って日々生きています
そのために、まずは自分で自分の声を聴く練習をしました
何を思っているのか、どうしたいと思っているのか、本音を聴く練習をしました
そういう意味でもハルラボの思考の声と体感を離すはとっても効果的です
自分の声を聴くと言っても、色々とトラップがありますからね
夫と離婚して1年経過しようとしていますが、連絡が途絶えた=私への関心がなくなった=不安に未だになりました
結局、元夫に『戻りたい』と言われることで満たされていた部分があったんだと気づきました
共依存体質の人は『自分の心の声』を聴くのが苦手だと思います
それよりも他者優先
共依存体質を完全に克服できるかは分かりませんが、他者優先を止めて自分優先にすることで人に依存することも減っていくのではないかと考えています
人の世話をする、人から過剰に必要とされることで自分の存在を満たすやり方は手放します
今年は1年間かけて少しずつ『自分の心の声を聴く』練習をしました
来年はその声を元に実行する、行動する、挑戦する1年にしたいです
