言葉、行動の本質を汲み取る姿勢があるか
久しぶりに、ママ友一家と1泊旅行に行ってきました
ずっと仲良くしている家族でしたが
最近、一緒にいるとモヤモヤすることが増えたので
距離をあけていました
そして1つ1つ何にモヤモヤしたのかAiでラリーして言語化し
その一家のパパにモヤモヤすることまでたどり着けました
辿り着いた後は、パパ抜きで遊ぶ機会が増え
あ~パパがいないとこんなに楽なのかと1つの答えに辿り着いていました
その後、久しぶりのママ友一家と遊ぶ機会
しかも、泊まり
緊張しました
パパと上手くやれるのか、正直不安でした
でも、パパのどんな所が嫌なのか言語化はできていたので
心理的には近づき過ぎないように気を付けて過ごしました
その甲斐があって、旅の全般は割と良い感じに過ごせました
が、事件は最後の最後に起きました
皆で遊んだ帰り、ママ友の娘さんが楽しかったようで
まだ帰りたくない、うちの娘と晩御飯を食べたい
と言い始め、それを聞いていた娘は車に乗るなり
パパさんに「今日は晩御飯食べて帰るの?」と聞きました
そうしたら「●●ちゃんは、どうしたいの?」と聞き返してきて
うちの娘は、ちょっと考えて「どっちでも良い」と言いました
それを聞いたパパさんは「どっちでもいいなら帰ろう」と言いました
そして続けて「俺は、どっちでも良いという言葉は嫌いだよ」
「●●ちゃんにとってはどうでもいいって事だから食べなくていいよね」って
割と強い口調で言ってきました
それを聞いて、車内はシーン
娘も放心
その空気の悪さを感じ取り、ママ友が
「いや、でも、パパもよくど~でも良いって言うよねw」
とフォローしてくれました
それを聞いてパパさんは
「俺のどっちでもいいは、言ってもどうしようもない
諦めのどうでも良いって意味で使う」と言ってて
その一連の出来事から、パパさんの何にモヤモヤするのかやっと言語化できました
パパさんは一見、子煩悩で優しい父親です
しょっちゅう、子どものお迎えに行き
参観日は仕事を休んで欠かさず行くし
休みの日は、必ず子どもを連れて外出する一見素晴らしいパパ
文句のつけようがない
けど、なんか一緒にいるとモヤモヤする
でも今回の出来事で【解像度の低い人】と
ピンポイントで言語化できました
つまり娘が言った「どっちでもいい」はママ友一家を気遣って選んだ言葉なんです
それはうちの娘の性格、繊細さ、状況を読む性質を知っていれば分かる世界線
大人の会話でも普通に出てきますよね
あなたに負担がない方でいいですよ。のどっちでもいいですよ。が
でもよもや、7歳弱の子どもがそんな気遣いをするとは予想しなかったのか
または、彼自身そうやって誰かに叱られ
はっきり白黒しなければ。と矯正した傷が疼いたのか
意見を言えない事はダメ!という一方的な解釈の押し付けをしました
なので私は娘にこそっと耳打ちをしました
さっきのは悲しかったね
どっちでも良いは、パパさんに気を使った言葉なのにね。と
そうしたら娘は安心したのか深く頷いて、私に抱き着いてきました
また、その後パパさんは罪悪感を抱いたのでしょう
意味分からないことで、うちの娘をやたらと褒めました
これもあるあるですよねw
言い過ぎた後に、褒めてリカバリーする
まぁでも、おかげさまでハッキリと他者への判断指標ができました
「優しさ」と「相手の気持ちを汲み取る力」は、まったく別物
パパは、行動としては、子どもたちにたくさん構ってる
一見、優しく頼りがいがある男性
でも、言葉の裏にある感情までは、読み取ろうとしない
そして、私の過去を振り返ってみると
今までずっと、そういう解像度の低い大人たちのせいで
「はっきり言えない自分がダメなんだ」と思い込んで生きてきました
でも今回、はっきり分かりました
問題は、私の伝え方じゃなかった
相手が、汲み取る力を持っていないだけだった
これは、誰かを「悪い人」だと決めつける話じゃありません
自分がこれから先、どんな人と人生を共にするのか判断する
大切な判断基準が分かったという話です
優しいだけの人と、解像度の高い人は違う。
解像度が低い人に出会った場合は
相手に合わせて伝え方を変える
解像度の低い人に深入りはしない
どんなに頼りがいがあるように見えても
私を分かって貰おうと無駄な努力はしない
私は自分の娘が繊細なのをちょっとメンドクサイって思ってました
自分も十分繊細なのにねw
でも、そのめんどくささを雑に扱われた結果が今の私
親に理解して貰えなかった
ありのままの自分じゃ愛されない
努力して結果を出さないといけない
何者かにならなければならない
親に自分の気持ちを言えない
だから仕事ではっきり言うことに抵抗がある
きつい事を言われても愛想笑いしてしまう
パートナーと共依存的になって失敗してしまう
人間関係がうまく構築できない
その根本的な原因の1つに親に自分の気持ちをはっきり言えない
親との間に安心感がないことがあると確信しています
だから、娘がもう1度過去の私自身を含め
やり直しを、育て直しをさせてくれているんだと思っています
娘を理解したい
めんどくさい。と思う時もあるけど、汲み取れる親で在りたい
その想いが1つ1つ私を変えてくれています
お陰様で、今回大きな気づきに繋がりました
私もこの解像度の低い大人たちのせいで、だいぶ傷ついた側なので
今、仕事関係でもはっきり表現することの重要性に気づき
解像度の低い相手に対して遠慮せず配慮せずはっきり言う練習をしています
だいぶ慣れてきました
愛想笑いもしません
冷たい人間になる努力をしています
気を抜くと、解像度の低い相手にも配慮した物言いをしてしまうから
そうすると彼らはNoを言わないのを良いことにどんどん調子に乗る
配慮すべき人と、そうではない人を分ける
私が大切にしたい人は、付き合いたい人は
相手の言葉の行動の裏を読める解像度を持った人
また、本音を話せる安心できる関係性を築ける人
つまり自分の「普通はこう」を押し付けない、心に余白のある人
はっきりした意見が言えることは大切です
子どもと遊ぶことも大切です
でも、それだけで良い人、いい親ではない
という事がはっきり分かりました
子どもが本音を言えているか
親の普通と違うことをした時に子どもを頭ごなしに叱って無いか
子どもにも、それを言った・やった【理由】があることに
思いを巡らせる余力が常にあるのかどうか
私が思う良い親、良い人っていうのは
この余力の部分を持っている人を指すんだなと今回の旅で思い至りました
