失うと、様々なものが私の中に入り込み、他人の意見を採用しはじめることを知りました。
我を失うとは、私はどうしたいか?が解らなくなること。
19日の新月の日に、ものすごく自分を生きてる、自分を表現しているパフォーマーに出会い、彼女たちのパワーを浴びて、次の日に高熱を出してダウンした私。
血の塊のようなものを吐き出し、高熱は嘘のように引いていきました。
そして今はとてもスッキリしています。
我を取り戻した感覚。
結局、こうあるべき!こうしないとダメ!はないし、良いことしていれば良いことがある訳じゃないし、良い人という定義も悪い人という定義もなくて、もう皆それぞれ好きに生きてるだけ。
好きなら好きだし、嫌いなら嫌い。
欲しいなら欲しいし、いらないならいならい。
ここに居たいならいるし、いたくないなら去る。
他人に気を使うのも好き好んでやってるし、気を使わないのもそうしたいからしてる。
皆、そうやって自由に生きている。
その自由さが時に人を傷つけたりしてしまうけど、だからダメってことはない。
何でもあり。
本当に何でもあり。
気を使っても使わなくても、
はっきりしてても、してなくても。
正解を探すのはやめよう。
どんな生き方が正しいのか求めるのをやめよう。
どう生きたら楽しいと感じるのか。
どうしたら嬉しいと感じるのか。
今にただ居よう。
過去にも、未来にも行かず、今に居よう。
これが幸せの形、というものもない。
辛く苦しい時も、実は幸せのうちの1つ。
すべて体験して、あの世に還ろう。