「なんで怒ってるかわかんないのに、謝るの?」
それまで一言も発さずに、行き来する人々を窓から眺めていた紗耶が、伶奈に尋ねた。
「そりゃそうでしょ。悪いことしたんだから謝るのが当然でしょ」
「でも、なにが悪かったか、わかってないんだよ?
それで謝って、伶奈ちゃん彼氏さんのこと、許せるの?」
「そんなの、許せるわけないじゃん」
「……だよね」
なにか反論するかと身構えた伶奈だったが、その予想に反し紗耶はすぐさま引き下がった。
汐里が紗耶の顔を覗き込む。「なんで怒ってんのか、わかんないの?」
紗耶は顔を上げ「うん」と頷いた。
「心当たりもないの?」
汐里が重ねて聞くと、今度は首を横に振った。
「じゃあ、直接聞いてみたら?」
りかが、提案する。
急な話題の展開についていけない伶奈の表情が曇った。
「ねえ、なんの話ししてんの?」
「いっちゃんは、ちょっと黙ってて」
りかが両手を伶奈の顔の前にかざし、諭すように言う。
伶奈は反論しようと口を開きかけた。
が、その前に紗耶が身を乗り出した。
「伶奈ちゃんさ、彼氏さんが『なんで怒ってんの』って聞いたら、答える?」
「そりゃぁ…」突然の問いに、伶奈は戸惑ったような顔をした。
ちょっとした沈黙が流れる中、りかが口元に拳を当て、ひとつ咳払いをした。
「う、うぅん。伶奈、なに怒ってんだよ」
姿勢を正し伶奈に対して体を傾けて座り直し、太い声を出す。
「なにそれ?」伶奈が眉をひそめた。
「彼氏の役やってんの」
りかが苛立った声を上げる。
答えに窮するに伶奈に、この場でシミュレーションしてみようということらしい。
「そんな言い方しないんだけど」
体を傾けて遠ざかり、横目でりかを睨みつける。
「いいから! ……伶奈、なに怒ってんだよ」
不満顔の伶奈だったが、りかに言いくるめられ、小芝居に付き合うことにした。
居住まいを正す。
「別に。なんも怒ってないんだけど」
「いやいや、怒ってるでしょ」
イタズラっぽく言うりかに、伶奈は顔を近づけオラついた。
「怒ってないし」
「ほら、その言い方。やっぱ怒ってんじゃん」
「怒ってないもん!」
そう言って、伶奈はそっぽを向いた。
そのあとは、なにを言っても受け付けない。
りかが呆れ顔で、汐里と紗耶に視線を送った。
汐里は腕組みをして、口元を少し歪めた。
「結局、言わないってことね」
三人の顔が曇る。
伶奈はそっぽ向いたまま、抹茶ラテを乱暴に掴み取り、ヅヅと啜った。