しっかり結ばれていなかった縄は
一人分の体重を支えることができても
二人分の体重には耐え切れなかった。
チナミに「もやい結び」を知っているかと尋ねられ
リサコは首を横に振った。
その場で教えてもらったが、時すでに遅しである。
他の出口はないかと探したが、胃袋と採掘場以外
他には部屋も道もなかった。
あとは誰かに、この穴を見つけてもらうしかない。
穴の真下に魔法陣が描かれており
中心から空に向かって一本の光が伸びていた。
チナミによると、これも魔兵団が使う魔術の一種だそうで
遠方への連絡用、つまり狼煙のようなものということだ。
敵の襲来を知らせるものや、救助を求めるものなど
様々な種類があるのだが、残念なことにチナミが憶えていたのは
単に光を発するものだけだった。
それでも、なにもしないよりマシだ。
なんだろう、と興味を持って近づいてくる人がいるかもしれない。
こうして三日が過ぎた。依然、助けが来る様子はない。
マーサが煎じてくれた薬草も残り少ない。
体力を失えば、チナミのこの魔術も効力を失う。
助かる確率は下がる一方だ。
「もう、ここで……死んじゃうのかな」
無意識のうちに呟いていた。
今までの人生で、身近にはまったくなかった言葉、死。
死ぬほど怖かったり、死ぬほどびっくりしたことはあっても
本当に自分や周りの人が死ぬなんて考えたことなかった。
死。自分の口から出たはずなのに、小指の先ほどの実感もない。
なんだか、可笑しくなった。
──死ぬ? なにそれ? 意味わかんない──
リサコは、知らず知らずのうちに、声を出して笑っていた。
「リサコ、大丈夫!?」
気づくと、チナミがリサコの両肩を抱いて揺すっていた。
大丈夫だよと首を縦に振る。「ホント?」と妙に真顔で聞き返してくる。
「平気だって。なんかね、可笑しくなっただけ、ちょっと」
そう答えると、チナミは真顔のまま視線をそらせた。
どうやら「可笑しい」を「面白い」ではなく、「変になった」と捉えたようだ。
「しょうがない…こうなったら…うん、もう…やるしかない…」
真剣な表情でなにやらブツブツ呟いている。
今度はチナミが変になったのではとリサコが心配する番だ。
ゆっくりと彼女の顔を覗き込む。
すると突然、チナミが顔を上げた。
「リサコ、聞いて!」
「う、うん」
「大切な話だから、ちゃんと聞いてね」
切羽詰った表情に、リサコは思わず身を引いた。わかったと答える。
「これね、あの…今から起きることは、キャプテンに絶対、内緒だからね」
「えっ、うん」
「ミヤにも言っちゃダメだから」
マーサとモモコ、それにまだ会ったことのないユリナの名前を加え
絶対だからね、とチナミは念を押した。リサコはしっかりと頷いた。
「あのね、『封印されし禁断の魔術』ってのがあんの」
「ふ、ふう…いん?」
「そっ! つまり、使っちゃいけない、悪い魔法があって、それね
使えないように封印してんの。それが『封印されし禁断の魔術』」
わかったようなわからないようなチナミの説明に、リサコは首を傾げた。
その様子にチナミは「そうだなぁ」と呟きながら腰に手を当て
上目遣いに宙を見つめた。
「例えばね、人間を動物に変えちゃう呪文とか」
「それいいじゃん。アタシ、鳥になって空飛びたい!」
「違う! リサコがなりたい動物に変えられるとは限んないでしょ。
カエルとかだったら、どうすんの。ヤでしょ?」
確かに、それはイヤだとリサコは顔をしかめた。
「だからね、そういう酷い魔術を、使えないようにしてんの。それが封印」
「どうやって?」
「わかんない。とにかく、大昔にはあった魔術なんだけど、今は使えなくしてんの」
よくわからないが、とりあえずカエルにされる心配はないということだ。
よかったと胸をなでおろす。チナミが口元に人差し指を立てた。
「でね、ここからが内緒の話なんだけど
ウチのママの家系が代々宮殿に勤めていて
その『封印されし禁断の魔術』を受け継いでんの」
「えっ、なんで? 使えなくしてんでしょ
それがなんでチィのママが受け継いでるの?」
「それはほら、今は使えなくても
ひょっとしたら使える人が出てくるかもしれないでしょ
だから、その時のためにウチの家系が受け継いでんの」
放たれた魔術を相殺し無効化するには、相手の数倍の魔力が必要となる。
が、どんな呪文を使いどんな魔法陣を描いているのかがわかっていれば
同等の魔力で対抗することができるのだ。
「封印されし禁断の魔術」が開放された時に備え、チナミの母方の家系が
代々伝承しているのだという。それも、他に漏れないよう口伝で。
「それで、なに? そのふういんなんとかっていうのを、チィも知ってんの?」
遠慮がちに人差し指を向ける。
するとチナミは全部じゃないけどと大きく首を縦に振った。
「そん中にね、あんの」
「なにが?」
「だから、助かる方法!」
苛立ちげに声を荒げる。リサコの顔に不安の色が射した。
「でも、それって使っちゃいけないんでしょ。大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ、ないけど、ここで死んじゃったらもっとダメじゃん。
ちゃんと生きて帰って、これからも先に伝えることが大切だと思う。
これがウチの意見。リサコは? どう思う」
「えっ、アタシ!? アタシは…」
封印だとか禁断だとか、そんな壮大な話を急にされてもピンと来ない。
判断など出来るはずがなかった。
「えっと、チィに任せる」
煮えきれない態度に、チナミは不満げに顔を歪めたが
とりあえずは了承と受け取ったようだ。
ちょっと待ってと言うと、魔法の砂を取って地面に魔法陣を描き始めた。
その8 その10