今までに見たことのないような複雑な図形が
いくつも描き出されていく。
それが「封印されし禁断の魔術」と言われれば
なんだか禍々しいものに見えてくる。
真剣な表情で砂を落とすチナミの背中に
リサコは恐るおそる声を掛けた。
「ねえ、それってどんな魔法なの?」
「これ? これはねぇ、想い人を召還する魔術」
手を休めることなく、チナミはそう答えた。
「しょうかん?」
「そっ、会いたい人を念じると、すぐに来てくれんの、その人が」
「ふ~ん」
唇を突き出し、そうなんだと何度も小刻みに首を縦に振る。
が、「あれ?」と首を傾げるとチナミの背中を叩いた。
「なんで、それがきんだんなの?」
チナミが身体を起こした。膝立ちの姿勢になり宙を見上げる。
「えっとねえ…」
フッと小さく笑い、揃えた四本の指を鼻の下にあてがう。
頭をガクンと落とし苦笑いしながら、なんでだっけと呟いた。
「ああ、あれだ」顔を上げリサコに人差し指を向けた。
「だってさ、もしも、もしもだよ。急に呼ばれたらヤじゃん。
こっちだってさ、予定あるし。そんなの無視して
みんなが勝手に呼び出したりしたら困るでしょ。だからだよ」
そうそう、そうなんだよと自分に言い聞かせるように呟き
チナミは作業に戻った。
リサコは口元に人差し指をあて、その程度で禁断だったら
もっと封印してほしい魔術もあるのに、と思った。
が、継承者であるチナミが言うのだから
きっとそうなのだろうと無理やり納得する。
「出来たぁ!」
手の砂を払いながらチナミが声を上げた。
リサコは光の玉を近づけた。浮かび上がった魔法陣は
複雑な幾何学模様で構成されており、美しくもあり恐ろしくもあった。
「いい? この魔術は協力しないとダメだから」
そう言うとリサコの手を取り、人差し指で古代文字を書いて発音する。
リサコは口の中でその呪文を繰り返し、頷いて返した。
「あとねぇ、誰を呼び出すかなんだけど、リサコ誰がいい?
ウチは、やっぱり頼りになるっていったら、キャプテンかな」
そう言って顔をしかめる。日ごろから人使いが荒いとか
小言ばかりでうるさいなどぼやいているが、やはり信頼はしているようだ。
眉間によった皺が、イヤだけどしょうがないよねと語っていた。
「アタシはねぇ……ママ!」
「ママ? ああ、マーサね」
リサコはうなずいた。ユリナとは会ったことがないし、モモコは論外だ。
ミヤビと悩んだが、こういう状況で頼りになるのは、やはりマーサだろう。
「うん、じゃあね、リサコはマァ、ウチはキャプテンね。それで行こう」
「えっ、協力するんでしょ、別々の人でいいの? 一緒におんなじ人を
想うんじゃないの?」
「えーっとね、大丈夫、たぶん。それにね、忙しくって来れない状態?
にあるかもしれないじゃん。ふたり想ってればどっちか来てくれるって」
来れない状況にある人間を召還するからこそ、禁断の魔術でないかと
リサコは思ったが、どうせ反論されるだけだし口をつぐんだ。
「じゃあ行くよ」
そう言ってチナミは魔法陣の中に入り膝をついた。
組んだ手を胸の前に掲げる。
リサコもそれに習いチナミの隣に並び手を組んだ。
「いい? 呪文を繰り返し唱えながら想い人、マァのことを想いつづけんの。
これは、どっちかっていうと白魔術よりだから、リサコに懸かってるからね」
チナミの言葉に、緊張感が高まる。
乾いた唇を湿らせ、ゆっくりと首を縦に振った。
「じゃ、やるよ」
チナミは目を閉じうつむいて呪文を唱え始めた。
魔法陣の複雑な図形が怪しく光る。
赤とも黄色とも表現しがたい不思議な発光に
リサコは不安を感じたが
すぐに気を取り直し目を閉じて呪文を唱えた。
そして頭の中でマーサを呼ぶ。
ふたり並んで呪文を繰り返す。初め真っ暗だったのが
閉じられた瞼の向こうから淡い光を感じるようになる。
魔法陣の放つ光が強くなっている証拠だ。
ずっと昔に参加した勇者復活祭の儀式を思い出す。
村人が教会に集まり、勇者の像に向かって
永遠と祈りを続けるのだ。
年に一度の祭は楽しい催しだったが
幼いリサコにとって、儀式は辛く退屈なものでしかなかった。
結局この時限りで、二度と儀式に参加することはなかった。
だが今のリサコは違う。
真剣に呪文を口の中で繰り返し
必死でマーサの顔を思い浮かべる。
──お願い。ママ、来て。アタシを助けて──