関心をもつことと、監視すること | 親子の笑顔を大切にしたい~♪

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不登校・ひきこもりのお子さんをもつ保護者の方に、
伝えたい事や気づいた事、わかちあいたいことを届けます。

「何で変わらないんだろう」

からの続きです。

 

そう感じる親御さんのお話を聴いていると、
「関心をもつこと」と「監視すること」の違いが、

わからなくなっていることがあります。

 

親は、子どものことが氣になるからこそ、
「今日はどうするの?」
「これからどうするつもり?」
「ちゃんと考えているの?」
と、いろいろ訊きたくなります。

 

子どもの将来を考え、
「こうしたほうがいい」
「こうすれば安心」
と思うことを、一生懸命に伝えているのです。

 

親子関係によっては、
親が「関心をもっている」と思っていることが、
子どもには「監視されている」と

感じられることがあります。

 

「監視するな」

そう言われたとしたら、
その言葉を、子どもからの

大切なサインとして受け止めてみます。

 

「子どものために言っているのに」
と思うかもしれません。

親の意図がそのまま子どもに伝わるとは限りません。

これまでの関わりの中で、
子どもが

「何を言っても否定される」
「いつも責められている」
「自分の考えを認めてもらえない」

と感じていたら、
親がどれほど子どもの幸せを

願って言葉をかけても、
その想いより先に

「また否定される」という受け止め方が生まれます。

 

すると、子どもの心には、
親への反発心が育ったり、
「何をやっても自分はダメなんだ」

という自己否定が育ったりします。

 

そうなると、子どもは自分の心から湧いてくる

「これをやってみたい」
「こう生きたい」
「この道に進みたい」

という想いを感じにくくなります。

 

親が良かれと思って伝え続けたことが、
いつの間にか子どもの心を縛り、
本来その子が進みたい方向から

遠ざけてしまうこともあるのです。

 

親が子どもの人生を決めるのではなく、
子どもが自分の人生を歩いていけるように、
関心をもちながら見守る。

 

「今、どんな氣持ちでいるのかな」
「何を大切にしたいのかな」

そんなふうに子どもの心に

関心を向けることと、
行動を確認し続けることは、

同じではありません。

 

子どもの幸せを願うからこそ、
「何をしているか」ではなく、
「どんな氣持ちでいるのか」に関心をもつ。

そして、お互いの想いを伝え合い、
分かり合えるコミュニケーションを育てていく。

 

それが、子どもが自分の人生を、

自分の力で歩いていくための土台になるのだと思います。

 

親の「良かれと思う気持ち」が、
子どもの人生を支える力になりますようにおねがい虹

 

 

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