あんまり、美味しそうに見えない。。かな??
豚バラ肉の角煮です。
ニンニクと月桂樹とたっぷりのお水で、圧力10分。
浮き上がったアブラを捨てる感じで、水分を殆ど捨てて、
後は、味醂とお醤油をお肉の半分の高さまで入れて、20分圧力。
引っくり返して、もう半分に(今度は圧力をかけず)味を染み込ませて~~出来上がり。
見た目より、薄味です。
私がメラノーマになった時。。
それまでにも、病気ばっかりだったし・・・
以前に通っていた病院が名古屋第二日赤。
日赤に入院中、病院の売店で見つけた本☆
『医者からもらった薬がわかる本』
当時、「こんな本を病院におくなんて・・・」と、
珍しくて、買って持っていましたvv(買い進めていました)
薬を調べながら・・・
手術を目前に、自分のあまりの体力の無さに、
病院での治療のサブとして始めた栄養の勉強。
スタートは、健康家族親書とビタミンバイブル。
癌の闘病記は片っ端から読み漁りました。
その中で、一番、惹かれたのが、千葉敦子さん。
さすがジャーナリストの千葉敦子さん・・・いっぱい出版されていました。
時系列に読み進め・・・
闘病記と平衡して、栄養学も深めていっていたので、
闘病記の、『栄養の間違い』を、知らず知らず・添削している私がいました。
(千葉さんの場合、ホルモン依存の乳癌なのに、亡くなる直前まで、
「体力をつける」が為に、ステーキを食べてらっしゃいました。
栄養=カロリーの見本のような食生活が、闘病記の中に垣間見えていました)
(こんな風に書いていますが、私。。
千葉敦子さんには、とっても憧れていて・・・頭のいい方だったし。。
とっても・とってもショックでした。
こんなに頭が良くて、世界も視野も広い人でも負けてしまうのか。。。と)
そして、何より、一番の『自分を観る』目安として、血液検査をもらう!!
当時、カルテを覗くだけで、婦長さんから怒られる時代に、
私の主治医は、快く承諾してくれていました(^_-)-☆
本を読み進めていくと、
サプリメント・単独栄養素に走りがちになってしまうので、
偏らない為に、一応、一般の教育本も。
そんなこんな・・・
気付いたら、メラノーマになって、最初の1年間で、300冊の本を読んでいました。
(元々、本を読むのが好きでした)
↓3月6日に私の当時の薬の画像を載せていますが、
薬のわかる本で、薬を調べ、
自分の血液検査を読みながら、口に入れたモノをチェックし、
12個8種類飲んでいた薬を、
ひとつ一つ、辞めていきました。
私「先生^^ これ(薬)辞める」
先生(血液検査を確認して)「うん、いいよ」
次の診察の時
私「センセ^^ 次、これ(薬)辞める^^」
先生(また血液検査を観て)「うん。。いいかな^^」
ってな感じで、1年3ヶ月・・・とうとう、抗がん剤まで「辞める」
気持ちに到達しました。
でも、最初は失敗しました
けどね^^
柳原和子さんの、『がん患者学』が出た時は、感動でした^^
「凄い、バイタリティだわっ^^」と。
なのに・・・
どうして、玄米菜食に走ってしまったのか・・・(T_T)
なんてコト言ってる私も、短期間ですが、玄米菜食にした頃があります。
私の場合、貧血ではなく、すぐに、血小板無力症になってしまい・・・
生理になると、大量出血で・止まらない~って状態でした。
フル装備にしていても、1時間くらいで、足を伝って、床にまで、血が流れ出て~
って。。。何人の人に、「ちょっと、あなた(^^ゞ」と声を掛けられたことか。。。(>_<)
もう。。。フラフラで、頭も気も回っていなかったと思います。
何年か経って・・・
某・癌センターの若い女性達の相談を持ちかけられました。
30歳代の女性の癌患者さん達が、その頃流行っていたのか、
星野さんのゲルソンを実践しているとかで。
バタバタと、亡くなっていっていました。
癌の転移ではなく(転移の人も居ましたけれど)、
特徴は、膵臓や肝臓からの溶血でした。
貧血を通り越して・膵臓や肝臓を破壊して、『血』に回しているような。。。(~_~;)?
星野さんのゲルソン療法のHPを読むと、
医師だからこそ使える『甲状腺ホルモンまたはヨード製剤、肝臓酵素製剤』が記載されていました。
本を読んで、自分なりに実践する人には、入手は困難です。
・・・と言うか、読み落としてたのじゃないかしら???とも思います。
コレ・・・生理のある女性だけ!と受け取らないでくださいね。
女は、『生理』を目安にできますが、
殿方の場合・・・生理に当たるモノが、(生化学的に)勃起・射精だと。
女性の生理に必要な栄養素が、そのまま殿方の、勃起力・射精能力に当たります。
だから、EDが増えているのかしらん~??。なんて。
話を戻して・・・
私は、自分自身が癌になった時、
老人の「治った」話には、まったく興味がありませんでした。
(その頃、老人の癌は、癌自体も弱いと言われていましたから)
(40歳代でかろうじて参考にしていましたけど、当時の私には、50歳以上の人の治癒は目を通す程度でした)
故、
20代・30代の人の『治った』話をかき集めていたようにも思います。
(反対に、失敗した人の話が、何よりの勉強になっていました)
(「これが効いた~vv」と話題の治療で、効かなかった人の詳細を調べたり)
と言うか・・・
食事だけに限らず、入れる情報(読む本・聴く話)も、
偏るコトは、危険だと思います。(実際に、怖かったのが、そういう面でした)
「たった一冊」に命をかける人にも、「自分の命に対して失礼じゃないの??」と問いたい☆と。
それと!!
料理の云々を、人前で説く人が、料理をしていないってコトも、多々あります。
「日本の古き良き食事」「粗食」を語る人が、
お味噌を作ったコトもなく・糠漬けも作ったコトがないなんて(>_<)
私は、マクロビや玄米菜食、ロハスや粗食を人に薦めるには、
『土づくり』まで、自分でやってからにして欲しい☆と思っています。
(私には、とうてい無理です^_^;)
やっているか!やっていないか!は、
妄信せず話を聞いていれば、判りますよね。
・・・なんて、かつどんさん・うりたろうさんのBBSのレスの補足を先に書こう~と、
長々と、熱くなってしまいました。
ついでに、母の乳癌の時
の補足ですが、
先ず、母の乳癌が判った時、何の説明もなく、手術を勧められました。
で、付き添っていた私が、医師に
「手術以外の治療法は、ありませんか? 手術のみですか?」と確認したところ、
サッと、インフォームドコンセント専用の便箋を出してこられ、
3つの候補の治療法を書き出して・説明して下さいました。
ひとつが、手術→化学療法若しくは、ホルモン療法
もうひとつが、化学療法(で小さくしてから)→手術
残る治療法が、ホルモン療法(後に手術) でした。
(今、その時の書類を確認して書いていないので、記憶間違いあるかも)
その3つを書き並べた上で、「70歳越えてる人には、化学療法は、あまり薦めませんね」と。
私が、3つ目の、「ホルモン療法から、いきたいです」と言うと、
「これは、ホルモン依存かどうかで、使えるかどうか判りません。
お年を考えると、ホルモン依存ではないと思いますが!」が、医師のお返事でした。
私「一応、調べて頂けますか?」
ってな、流れで、調べてもらって→ホルモン依存と判り→ホルモン療法
と、持っていきました。
何も質問も・依頼もしなければ、そのまま手術になっていました。
(インフォームドコンセント用の便箋があるってコトは、
「聞かれたら、説明する」って教育はされていたのだと思います)
聞かれれば、すぐ答えられるモノを持っていながら、
自発的には、話そうとしない・・・・・
「哀しいなぁ~」が、私の感想でした(^_-)-☆
でもね。
患者側も・・・
例えば、車を買う時・家を建てる時・・・
いろいろ見ませんか?
「他には??」って聞いて・何通りか見積もりを出してもらいませんか??
どうして、自分の体にメスを入れる時になると、
他の見積もりをとろうとしないのか。。。不思議です。
(当時の私も、そうでした)
(母の乳癌の時は、家や車より、母の人生を大切に扱うコトを識っていました)
車や家は、買い替えが可能なのに。
自分の体・人生は、乗り換えできませんよ。
乗り換えできないけれど、軌道修正って道がありますvv
いつでも、何度でも、NATSUKOを使って、軌道修正してみて下さいまし~^^