イザヤ9:1,5-6 闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。


ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。

ダビデの王座とその王国に権威は増し、平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。


ろうそくの火は暗闇では光であり、寒々しいところを熱くします。神さまは、光で、私たちを普く照らす方。私たちに熱い熱い思いを向けるお方。あなたは命そのもの。その命を惜しみなく、与える恵み深い方。 暗闇に迷い、躓きそうな私に光をくださっいました。生きる気力がない私に暗闇を歩けるように光をいつも照らしてくださいました。何のために生きているのかわからない私にあなたの熱い思いをくださいました。その恵みはすべての人に広がるように恵みの業をなされる神さま。あなたの恵みは熱い熱いあなたの思いそのものです。あなたの熱い熱い思いが私を焼き尽して、私のあなたへの思いが灰になって天に届きますように。あなたの恵みの業にどうか私をいけにえとして差し出すことができますように。熱い熱い神さまの思いがあなたの王国を来たらしめるように。
イザヤ8:13 万軍の主のみ、聖なる方とせよ。あなたたちが畏るべき方は主。御前におののくべき方は主。


私は怖がりで臆病です。けれども、私は、怖がりでいいと思います。つまり、問題は何を恐れるかです。神さまだけ畏れればいいのです。また、私は、人にいいように思われたいと思うところがあります。よく思われたいという思いもこのままでいいと思います。神によく思われたいと思えばいいのです。これは神さまを愛することの始まりです。神を畏れることこそ神を愛すること。


神さまはすべての根源です。まず第一に神さまを思うようにしたいです。


神さまの熱い思いが私を焼き尽くしていくように感じます。私のすべてを焼き尽くしてくださればいいのに。
ハガイ1:4 今、お前たちは、この神殿を廃墟のままにしておきながら自分たちは板ではった家に住んでいてよいのか。


私は昔から旧約聖書が結構好きでした。神と人の絶妙な関わり方が美しいと思うからです。実に神の計画は完全で人知を越えたものであるといつも思います。中学生のころ、聖書を読み始めたのですが、そのときに感じたことは、旧約聖書はユダヤの偏った見方で書かれているということでしたが、同時に、その偏りの中に神の無限の働きがあると強く感じました。この働きが新約聖書に続き、今も続いているのです。

実に神さまは限定された有限のものを通して無限の働きをなさいます。人は、限定されたものですが、その働きは神にあっては無限なのです。ハガイは、崩壊したイスラエルの神殿を立て直す時期が人々に早いと言われるな中で神から啓示を受け、神殿の立て直しを呼びかけました。


神はハガイに神の神殿をまず立て直すことを求められます。なぜなら、人々が、自分のことを優先して、神の神殿を後回しにしていたからです。神はそのままでいくと、人々は不幸せなままであることを警告します。神は、人々に神にまず立ち返ることを求めています。


私自身、神を優先する生き方をしているかなと感じることがあります。神から示されたことより、人々の意見を優先してしまうことがあると思います。常に人々のいうことが益になる訳ではありません。人々がこのままでは明らかに不幸せになると思ったら、神に祈り、示されたことを恐れず行うことが大切だと思います。人に気に入られることを求める私ですが、神に気に入られるようにするほうが自分も人々も幸せになります。行うべき善を知りながらしないのは罪だと思います。神が示されたことに確信をもって人々に伝え、行動していくこともみこころに従うことだと思います。どうかみこころを信じ、確信をもって人々を恐れず、神と人々に仕えられますように。