エフェソ6:13-15 だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように神の武具を身につけなさい。

立って真理を帯として着け、


平和の福音を告げる準備を履物としなさい。


神さまの働きが大きければ、大きいほど、悪の妨げが激しくなります。人がその妨げに神さまの働きをあきらめるように悪は、あらゆる点から攻撃します。時には耐え難い激しい攻撃もあります。しかし、そのようなときには、私は恵みのときに得られた思いを変えないでいたいと思います。そして、慌ててことを起こさないようにその時まで耐えしのべるように願います。悪の策略に乗らないようみ言葉によりどころをみつけられるように普段からみことばをしっかり食べるように心掛けています。けれども、悪は巧妙です。心がくじけそうになります。そんなときは、神様!と言うのも精一杯です。しかし、聖霊はそんな私たちの弱さを知って助けてくれます。そして、祈る力を与えてくれるのです。ただ神さまに一切を委ねることこそ悪に打ち勝つ神の武具なのです。そして平和の福音をつげしらせる準備をしていくのです。
ユダ 20-21 愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下でいのりなさい。

神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、私たちの主イエス・キリストの憐れみを待ちのぞみなさい。


人生には、心を痛めること、気にかかることがいっぱいあります。いろんなことを覚えて祈ることは大切だと思いますが、その後、祈った内容を忘れることも必要だと思います。祈った後まで気にかけていると気に病んでしまいます。何か気にかかることが出てきたら、とりあえず心で祈って、後は神さまに任せるようにします。でも、心身ともに疲労しているときは、気にかかることを祈れば、思い出してしまって、その思いに囚われてしまうこともあります。そういうときは、聖霊の与える言葉で祈ります。自分の言葉では祈らないでただ、霊的な言葉に自分を合わせていきます。自分が自分のことであれ、人のことであれ、物のことであれ、世に囚われて、それを自分が思うとおりにしたいという思いに囚われるなら、その思いを断ち切って神さまの国のことを思うようにします。逆に、神さまの国にどっぷり浸かっているなら、この世の悲しみを心に覚えて歎き、祈り求めるのです。聖霊はいつも極端に偏った思いを修正し、神の軸に戻してくれます。

不完全な私たちが、なんとか生きていけるのも、聖霊の導きによって安定した魂を保てているからです。


それはイエスさまの憐れみを待ち望むための恵みだと思います。


心を乱さず、神さまといつも共にいられるように。
マタイ11:11 はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。しかし、天の国で最も小さい者でも、彼よりは偉大である。


心の中が自分のことでいっぱいだと人の話しは聞けません。どんなに相手にとって益になる話しでもそういう状態のとき相手は聞けないのです。どんなによいご馳走でも、お腹が悪いと食べられません。まず、食べられるようにお腹の調子を整え、少しずつ食べられるものから食べられるようにしていきます。


洗礼者ヨハネは、イエスが来られる前に私たちが、イエスさまを受け入れるように道筋をつけてくれました。いきなりイエスさまが来られたら、みんな準備ができていないので受け入れられません。それで、イエスさまを受け入れられるように気持ちを整える役割をするためにヨハネが来ました。


彼は大きな神さまの働きをしましたが、天国では、最も小さな者になると書かれています。

実は神さまの世界は、大きい者が神さまの役割を果たすのではなく、むしろ、小さい者なのです。というか、男とか女とか、弱い強い、小さい大きいなど個人がもつ資質は関係ないのです。神さまはご計画の中で時に相応しい形で人を用いられます。


また、いつどこでどんな形で神さまの救いを私たちの霊的状態に相応しいように示してくださいます。


私たちもイエスさまが突然来られてもいいようにお互いの道を整えていけたらいいのだと思います。

また、自分がどんな人であっても神さまがその計画の中で用いられます。その計画が完全であるから、神さまに委ね切っていきたいと思います。


私は本当に小さいけれど、神さまの国ではもっと小さいものでいたいなあと思います。