ユダ 20-21 愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下でいのりなさい。
神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、私たちの主イエス・キリストの憐れみを待ちのぞみなさい。
人生には、心を痛めること、気にかかることがいっぱいあります。いろんなことを覚えて祈ることは大切だと思いますが、その後、祈った内容を忘れることも必要だと思います。祈った後まで気にかけていると気に病んでしまいます。何か気にかかることが出てきたら、とりあえず心で祈って、後は神さまに任せるようにします。でも、心身ともに疲労しているときは、気にかかることを祈れば、思い出してしまって、その思いに囚われてしまうこともあります。そういうときは、聖霊の与える言葉で祈ります。自分の言葉では祈らないでただ、霊的な言葉に自分を合わせていきます。自分が自分のことであれ、人のことであれ、物のことであれ、世に囚われて、それを自分が思うとおりにしたいという思いに囚われるなら、その思いを断ち切って神さまの国のことを思うようにします。逆に、神さまの国にどっぷり浸かっているなら、この世の悲しみを心に覚えて歎き、祈り求めるのです。聖霊はいつも極端に偏った思いを修正し、神の軸に戻してくれます。
不完全な私たちが、なんとか生きていけるのも、聖霊の導きによって安定した魂を保てているからです。
それはイエスさまの憐れみを待ち望むための恵みだと思います。
心を乱さず、神さまといつも共にいられるように。
神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、私たちの主イエス・キリストの憐れみを待ちのぞみなさい。
人生には、心を痛めること、気にかかることがいっぱいあります。いろんなことを覚えて祈ることは大切だと思いますが、その後、祈った内容を忘れることも必要だと思います。祈った後まで気にかけていると気に病んでしまいます。何か気にかかることが出てきたら、とりあえず心で祈って、後は神さまに任せるようにします。でも、心身ともに疲労しているときは、気にかかることを祈れば、思い出してしまって、その思いに囚われてしまうこともあります。そういうときは、聖霊の与える言葉で祈ります。自分の言葉では祈らないでただ、霊的な言葉に自分を合わせていきます。自分が自分のことであれ、人のことであれ、物のことであれ、世に囚われて、それを自分が思うとおりにしたいという思いに囚われるなら、その思いを断ち切って神さまの国のことを思うようにします。逆に、神さまの国にどっぷり浸かっているなら、この世の悲しみを心に覚えて歎き、祈り求めるのです。聖霊はいつも極端に偏った思いを修正し、神の軸に戻してくれます。
不完全な私たちが、なんとか生きていけるのも、聖霊の導きによって安定した魂を保てているからです。
それはイエスさまの憐れみを待ち望むための恵みだと思います。
心を乱さず、神さまといつも共にいられるように。