マタイ11:11 はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。しかし、天の国で最も小さい者でも、彼よりは偉大である。


心の中が自分のことでいっぱいだと人の話しは聞けません。どんなに相手にとって益になる話しでもそういう状態のとき相手は聞けないのです。どんなによいご馳走でも、お腹が悪いと食べられません。まず、食べられるようにお腹の調子を整え、少しずつ食べられるものから食べられるようにしていきます。


洗礼者ヨハネは、イエスが来られる前に私たちが、イエスさまを受け入れるように道筋をつけてくれました。いきなりイエスさまが来られたら、みんな準備ができていないので受け入れられません。それで、イエスさまを受け入れられるように気持ちを整える役割をするためにヨハネが来ました。


彼は大きな神さまの働きをしましたが、天国では、最も小さな者になると書かれています。

実は神さまの世界は、大きい者が神さまの役割を果たすのではなく、むしろ、小さい者なのです。というか、男とか女とか、弱い強い、小さい大きいなど個人がもつ資質は関係ないのです。神さまはご計画の中で時に相応しい形で人を用いられます。


また、いつどこでどんな形で神さまの救いを私たちの霊的状態に相応しいように示してくださいます。


私たちもイエスさまが突然来られてもいいようにお互いの道を整えていけたらいいのだと思います。

また、自分がどんな人であっても神さまがその計画の中で用いられます。その計画が完全であるから、神さまに委ね切っていきたいと思います。


私は本当に小さいけれど、神さまの国ではもっと小さいものでいたいなあと思います。