暗黒みたいってこと。
先日、というかもうかなり前かな。
投薬治療がスタート。
それからは日々異なる症状や薬の副作用の度合いに戸惑いながら
なんとかかんとか、色んなことを自分に言い聞かせて、
精一杯生きています。
私は自律神経失調、原因はアダルトチルドレンに近いものであり、
それが元となる睡眠障害、統合失調を持っています。
幼少から、劣等故に自分は愛されない人間であり、
いない方が良いのだと過剰に自分自身に言い聞かせており、
その反動で、本当は誰より愛されていたい、と言う感情が生まれ、
愛されたいが愛されない人間、
関わる人は全て、自分の都合の良いように付き合い、突き放し、
本当に私を必要としている人など誰一人いない、
と言う概念を強く自分に押しつけていました。
その最初の理由というのも本当に些細なもので、
私には1才下の弟がいますが、彼は自閉症を持っており、養護学校を卒業しました。
家族構成は両親と祖母。大人3人は常に弟に付きっきりでした。
幼稚園の送り迎えも私だけ誰も来ていない、
友達の家に行っては
「あなたのような恥ずかしい子が図々しく他人の家に上がったら体裁が」
と怒られると言うよりは嘆かれ、
受験をして頭の良い学校に行きなさい、●●ちゃんはこんなにすごいじゃない、
と、勉強のことなら良いが、「●●ちゃんの方が身長が高いのにどうしてあなたは」
なんてことまで比較された。
父親にはたばこの煙を吹きかけられ、お気に入りの服で火を消されることもあった。
親戚の家に行っては
「あなたは優秀になって良いところに嫁いで弟を養ってあげなさい」
と物心付いた頃には何度も言い聞かされ、
親戚同士での話題は常に「弟がこんな言葉をしゃべれるようになった」
「自閉症でもこんなことが出来る」といっては、
本当にすごいわね、神の子ね、と言って盛り上がるも、
私の話題は何一つ出なかった。
運動会で一等賞を取ったことも、テストで満点を取ったことも。悪いことすらも。
そして別れ際にやっと話しかけてもらえたかと思えば、
「あなたは両親を苦しめているんだから、ウンと良い子に育たなくては駄目よ」
と言われて帰される。それだけだった。
幼少時代からずっと、家族に褒められた記憶は、ほとんどない。
小学校時代には、何度も弟と比較をされた。
それも、彼はやっと3+2の答えが分かった頃に、
こんなことで先生に褒められたと言いに言っても、
「あなたは普通なんだから当たり前でしょ」
と言われるだけだった。
あれでもか、これでもか、と褒められることを次々として報告しても、同じだった。
中学校受験を決めたのも、年の近い親戚が皆私立の進学校に進学しており、
親も焦ったのか、
「もしあなたが私立に無事に進んだら、あなたのこと本当に誇らしく思える」
と言う言葉をくれた。
私はそのために勉強して、第一志望の女子校に入学を決めた。
それから急に、あなたはお金がかかりすぎる、と言われるようになった。
体を売ってくることを提案された。親に。
「あなたは中学生なんだからそのくらいでしか稼げないでしょ」と。
そこから売春が始まり、何故か援助交際幇助の会社まで立ち上げるに至る。
そのお金を使って家族は旅行に行く。
何か違う、と思いながらも、その後結局約3年にわたりそんなことを繰り返していた。
その間も、家族とは関係のない交友関係も、
好きな人を取った取られた、友人に秘密をばらされた、いじめいじめられ、
「今日の友は明日の敵」と言う状態も続いて人間不信にも陥っていた。
実際今本当に仲の良い親友でさえ、そんなことがあった。
やっと彼氏が出来たと思ったら
「お前のマンコの写メ送ってよ」など、体ばかり求められたり、
逆に隣で寝ているのに2ヶ月間セックスレスだったり。
好きだとか愛してるって、何?と感じてしまっていた。
お前そんなに働いて体壊すなよと心配した2日後に、お金貸して。など。
上記に書いたことは別に、私はこれだけ辛かった、
等と不幸自慢を言いたいわけではない。っていうかほぼ私が悪いんだし。
ただ最初に記した「愛されるわけがない」
と言う感情を肯定してしまう材料を、
もちろん自分の責任も含めて揃えてしまった経緯を説明したかった。
どんなに些細で、自分でどうにでも出来たことだとしても、
それらが累積することで引き起こされるのは「正当性の証明」だったりする、ということ。
それがやがて私の一部になり、
生きている内にそのような考えを持たない自分とが分化され、
主にその二極の対立によって、
更にはそれに応じて発生した感情がひしめいて、
感情のコントロールが上手く取ることが出来ない、
感情はおろか体調まで崩したり行動の制御もままならない、
と言うことがほぼ全てです。
このような精神、心理状態というのは一般に広く持っている人も多く、
「こう思う自分と、違うという自分がいる」であったり、
「天使と悪魔」であったり、様々だが、
そうした葛藤はごく普通に当たり前に誰の心にも存在するかも知れない。
もちろんそんなことはない人も、当たり前にいる。
私の場合は元々の性格に思いこみの激しさもあり、
それらが助長して未だに過去の自分の声に呵まれている。
もっともっと特別に見て欲しい、と言う願望が犇めいてしまう。
それらが行動すらも変えてしまう。
社会的に迷惑をかける、自己嫌悪に陥る。その繰り返しだった。
だから私は人に話すときに、病気という言い方はあまりしない。
アレルギーのようなものだと説明している。実際にそう思う。
アレルギー治療に大切なものは体質改善と、自己の把握、簡単な周囲の理解。
そばアレルギーの場合にもちろん自分からは食べないが、
そば屋に誘ったりしない、等の程度のもの。
給食などで特別メニューが組まれる子がクラスに一人はいなかっただろうか。
その程度のものだ。
食事の時はそうかも知れないが、
校庭に出れば一緒に鬼ごっこでも何でもしただろう。
そして自己の把握。
結果を予測した上で、避けるべきもの、やるべきものを選定し実行。
そして今行っているのは体質改善と呼ばれるものだと思う。
投薬を行い、まず精神の安定を図る。
そのために鎮静剤、安定剤と呼ばれる「おとなしくなる薬」を飲む。
それからは普段通りの生活をしつつ、
出来ればあまり考え込まないことを心がけ、
感じたものを素直に受け止める、という、平たく言えば
「あれこれ考えていくつも答えを出さないでそのたった一つを受け入れる」
と言う心理状態を出来る限り自分の中で作り出す。
そうして精神の一本化を図る。
蟠りがあれば誰かに話すなり、気分転換をするなりで早めに浄化し、
いつでもクリーンな状態で物事を捉えられるように準備をする。
そして1週~2週に1度のカウンセリングで様々なテストをしたり、
催眠療法を時々用いることもある。最近はあまりないが。
あとは話をしながら何かを作ったり、外に出てみたり、色々。
前回か、前々回のカウンセリングで、
先生からの「どなたかパートナーはいらっしゃいませんか?」
と言う問いかけに、ドキッとした。
量を話すので自分の恋愛の話をすることもあるが、
何か言われるような気がしていたのであまり深く話していなかった。
「私が支えたいと思ってる人はいます。でも、支えたいとは思われていません」
愛されない、という概念を払拭する以上、
治療をする上でその感情は妨害になる場合がありますが、
と、続けて問われた。
「私は、彼を支えたいという思いに、支えられています」
それは独りよがりではありませんか?
「それはこの想いを断ち切ったところでも、喪失感という妨害が出ます。
私は大切に思う人でさえ、自分の都合で何もしてやれない、
そんな自分の方が、許せません」
と言って、思いの外大泣きしたことがあった。
本当にそう思う。
今回の治療は私が5年前一度行っていた治療。
合う薬がなく、快方の代わりにやってくるアイデンティティの崩壊。
それが昔の私にはどうしても受け入れられなかった。
やむなく中断して、長期にわたり、自力で何とかやってみる方向に切り替えた。
それでも、しわ寄せはやってきた。
悪化がきっかけではあったものの、
彼のこと、周りの人たちのこと、自分のこれからのこと、
全部考えた上で、やろうと思ったし、頑張ろうと思えた。
今、割れるような頭痛、うずくまるほどの心筋痛、チカチカするめまい、
テンションの低下、手が自由に動きにくい、まっすぐ歩けない、
吐き気、食欲不振、急な食欲、不眠、ろれつが回らない、声が出ない、
動悸、不安感、焦燥感、絶望感など、
様々なことが起こっている。突発的だったり、じわりじわりだったり。
少し声が出た!と喜んだ次にめまいと動悸、脚の脱力、また声が出ない、
無理に出そうとして心筋が痛む、と言った具合。
どうせぇっちゅーねんな、ったくよぉ。
けどこの状態で医療費はもちろん自己負担なので、
働かないわけにはいきません。
元気がなくても少しでも笑顔で、きびきびと動こうとしていると、
退勤の定時にはグッタリ疲れてしまい、
そのまま家に帰ってすぐ寝たいのに、眠れず。
(睡眠薬が切れてしまったため)
やっと寝付けたと思っても、1時間半後に目が覚めてしまう。
逆に疲れてしまう。そこからまた眠れず、仕事に行く。
本当に悲しくなってしまうときもあります。
そうだ、本当は禁酒令が出てるんだよ、じぇりこ(笑)
薬の作用が変わるから。
忘れて一杯飲んだあとに気づいた。
まぁちなみに本当はたばこもコーヒーも控えろって言われたけど
それは無理そう。。
酒以外なら負荷のかからない程度では大丈夫だという。
あまりに禁止事項が多いのも、駄目だそうで。
一筋縄ではいかないようです。
医者は懸念要素がある以上止めるしかないけど、
かといって何でもかんでも止めると本末転倒につながると。
長くなりました。
このブログは一日にそう何人も訪問する人がいませんが、
もし同じような状況で悩んでる方、そんな方が近くにいる方、
あるいはそんな状況を増やしたくないと願う方に、
少しでも参考になればと思い、長々と連ねてみました。
今日からは元気で笑顔に振る舞えることを目標に、頑張ります。