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上層部 『どうだね、花井くん。素敵な方じゃないか』


花井 『・・・・・・』


一沙がひとこと発するまでの時間が、とてつもなく長く感じる。


(一沙、どうするの?)


まるで最終宣告を待つかのように、私の手には汗がにじみ、呼吸するのが苦しかった。


花井 『私は・・・・』


怖くてたまらない・・・・。

私は一沙の静かな声に目を閉じた。


花井 『私は自分ひとりのことでも、一杯一杯なのが現状です。せっかくのお話ですが、私では到底お役に立てそうにありません』


(一沙・・・・)


花井 『大変申し訳ありませんが、このお話はなかったことにしてください』


上層部 『は、花井くん・・・・!この場に及んで何を言ってるんだ!』


花井 『無礼は承知で申し上げております。お断りさせてください』


きっぱりした一沙の声と言葉が胸に響く。

緊張の糸が解けたと同時に、一沙への思いがより深くなっていく。

私は幸せな気持ちで胸に両手を当てた。


(一沙、ありがとう。私、すごく・・・・)


上層部 『こんなに良い話などめったにないぞ!器量も良く、魅力的なお嬢さんじゃないか』


花井 『ええ、とても素敵な方だと思います。ですが、何より私は、結婚に興味がありません。そんな私には身に余るお話です』


(え・・・・?今、なんて?)


一沙の言葉はちゃんと聞こえたのに、聞き間違えているような気がする。


(結婚に興味がない・・・・って言った?嘘、だよね?)


安らいだはずの鼓動が、一気に激しく打ち始めた。


花井 『何卒、ご理解ください』


上層部 『花井くん、頭冷やしたまえ』


背後で席を立つ音がして振り向くと、上層部と着物を着た女性が去っていった。


天王寺 『・・・・・・』


あず 『・・・・・・』


天王寺さんも何て切り出したらいいのかわからないようだった。


(結婚に興味がない・・・・)


思い出したくないのに一沙の言葉がリフレインする。

思い出せば思い出すほど、自分に突き刺さるのがわかっているのに。


(私たち、どうして付き合ってるのかな・・・・私、一沙のキャリアには不釣合いみたいだし、結婚するわけでもないのに。何のために付き合ってるのかな・・・・)


たくさん優しくしてくれたのに。

うれしい言葉をたくさんかけてくれたのに。

大切にするって言ってくれたのに。

全部、嘘だったのかな・・・・。


カタン

後ろで椅子を引く音がして、天王寺さんが顔を上げたそのとき・・・・


花井 『天王寺・・・・』


一沙が私たちの存在に気付いたようだった。


天王寺 『・・・・よう』


バツが悪そうな顔をした天王寺さんの視線が、私に注がれた。


あず 『・・・・・・』


ゆっくり振り向くと一沙と目が合った。

表情のない顔で、私をまっすぐに見つめる。


花井 『・・・・・・』


あず 『・・・・・・』


"なぜ、ここにいる?"って聞いてこない。

いっそのこと、怒って、責めてくれた方が、私、楽になれるのに。

一沙は何も言わないまま、私と天王寺さんを残して消えていった。








2課に戻ると、どこかで誰が話を仕入れてきたのか、一沙のお見合い話で持ちきりだった。


京橋 『政治家の娘と縁談話が持ち上がるなんて、さすが花井さんですね』


花井 『・・・・・・』


一沙は表情一つ変えず、返事もせず、資料に目を通している。


八千草 『でもどんなお見合い話があっても、一沙さんにはあずちゃんがいますからね!』


浅野 『あんたも大変だね。花井さんが選んだ相手として、より注目されるようになる』


あず 『・・・・・・』


京橋 『でも櫻井さんも気が気じゃないでしょう?自分の彼氏がお見合いしてたら。いっそのこと、お2人、結婚しちゃったらどうですか?』


花井 『・・・・・・』


一沙はまったく取り合わない。


(そうだよね。だって、結婚する気ないんだし・・・・)


でも、場の空気を壊すわけにもいかなくて、私は元気を装うしかなかった。


あず 『け、結婚だなんて!そんな、簡単にはいきませんって!あはは!』


八千草 『あずちゃん、照れてるんでしょー』


あず 『違うって!ほんと、そうじゃないって!』


京橋 『ご馳走さまです』


からかうようなみんなの視線が私に集中する。

私はカラ元気に振舞うも、素直に笑えない。


天王寺 『お、お前らー!一沙と櫻井のことより、自分らのこと考えろよ!』


京橋 『そういう天王寺さんはどうなんですか?お相手、いるんですか?』


天王寺 『お、俺?そ、そんなん心配されんでも大丈夫やて』


浅野 『彼女いるなんて初耳』


八千草 『豊さんと付き合う人って、どんな人ですか?想像付きません』


天王寺 『バカにしとるんか!そういう瑛希はどうなんやー!』


天王寺さんがさりげなく話をそらそうとしてくれて、うれしかった。


花井 『無駄話もそこらへんにしとけ、そろそろ仕事しろ』


静かで、どこか威圧するような声が部屋に響くと、みんなが黙った。

一沙は資料をとんとんとデスク上で整えると、すっと2課から出て行った。









少し1人になりたくてカフェスペースへ行くと・・・・


(一沙・・・・)


思わず足を止めると、景色を見ていた一沙がふと振り向いた。


花井 『・・・・・・』


あず 『・・・・・・』


近づいていいのかわからない。

私と一沙の、本当の距離がわからない。

少しずつでも確実に近づいている気がしていたけど、私の思い過ごしだったみたい。


(でも、プライベートを仕事に持ち込むのはいけないよね。こんな時ほど、明るく振舞わなくちゃ。一沙のためにも、私のためにも)


私は静かに、でも大きく息を吐くと、パッと笑って、


あず 『みんなまだ恋愛話で盛り上がってますよ』


花井 『しょうがない連中だな』


あず 『いつもは天王寺さんがツッコミ役なのに、今回は突っ込まれてます』


私は一沙の正面に立つと、笑顔のまま、まっすぐ見つめた。


あず 『花井さん』


花井 『…・あず』


あず 『私、気にしてないですよ』


花井 『・・・・・・』


一沙の目の奥が一瞬、かげった。


あず 『花井さんにはいろいろ事情があるってわかってますから』


花井 『事情って…・』


あず 『私は花井さんにキャリアを築いてほしいし、誰よりも応援してます』


花井 『何言ってるんだよ、キャリアとか応援とか』


一沙の声にイラつきが混じり始めた。


あず 『キャリアを優先してください。私のことは気にしないで大丈夫ですから!』


花井 『櫻井、そういう言い方するな』


一沙のことは応援してる。

でも胸の奥が痛む。

笑顔を作りながらも、目の周りが熱くて仕方ない。


あず 『花井さんがお見合いして結婚したとしても、私はそれを受け入れます。キャリアのために恋愛とか結婚が邪魔になるなら、それも受け入れます』


花井 『お前、何言ってるんだよ。いい加減にしろよ』


あず 『だってキャリアの道から逸れてほしくないから!』


涙が今にもこぼれそうになる。

寂しくて、悲しくてたまらない。


あず 『私、自分で分かってますから!花井さんには不釣合いだってことくらい・・・・』


花井 『櫻井!』


あず 『無理して私なんかと付き合わなくてもいいですから!』


八千草 『よかった、2人ともここにいたんですね!』


一沙が私に手を伸ばした瞬間、瑛希くんがカフェスペースに走ってきた。


八千草 『一沙さん、あずちゃん、事件です!至急戻ってきてください!』


一沙は私を振り向き、まっすぐ見つめた。


花井 『行くぞ』


あず 『はい・・・・』


私は一沙と瑛希くんの背中を追いかけながら、手で涙を拭った。