テレビ横のラックの配線が

ごちゃごちゃしていて

目線が泳ぐの気になってて

チャッピーに相談したら

配線を丸めて左に寄せるといいよと



やってみたけど

前面から見えるから

どうやっても無理で


電源タップも床置きで

気になるし

浮かせるには道具が必要で


あれこれ

隠したりテーブルで隠したり💦


結果

前面から隠せばいいと

💡閃いた


ビフォーアフター


落ち着いた


光回線ケーブル

電話電源コード2本

ルーター電源コード2本

ネット回線コード一本


6本の線がごちゃごちゃで💦

目隠し最高😀

今日は仕事で、ちょっとモヤモヤすることがあった。

商品券の裏に日付の押印とレジ番号を書くのだけれど、日付欄が小さくて、押印が少しはみ出していた。私は先にレジ番号を書いて、その上から押印していたので、文字と印が少し重なっていた。

チーフから「重ならないようにして」と注意を受けた。

もちろん、次から気をつければいい。それは分かる。

でも、後からその商品券を見たら、私が書いたものをバツで消して、隣に書き直してあった。

そこまでしなくてもいいんじゃない?

日付もレジ番号もちゃんと確認できる。管理上必要な情報が分かれば、それでいいんじゃないかと私は思ってしまう。

そして、さらに「ちょくちょく間違ってるから気をつけて」と言われた。

……なんだかなぁ。

今回のことだけなら、きっとここまでモヤモヤしなかった。

職場には、もっと優先して改善したほうがいいことがたくさんある。

アテンダントの声がけの仕方が人によって違うこと。
混雑しているのに、お客様が目の前を通っても素通りしてしまうこと。
そして、労災につながりかねないような案件もある。

そういうことのほうが、お客様への対応や従業員の安全に関わる大事なことじゃないのかな。

その一方で、ヘルプで入っている私の、商品券の押印が少し重なったことには目くじらを立てる。

「そこ、そんなに細かく見るところなの?」

と思ってしまった。

私は、注意されたくないわけじゃない。
仕事だから、間違いがあれば直すし、ルールがあるなら守る。

でも、必要な注意と、細かいところを探して指摘されることは、少し違うと思う。

私は私なりに、その場その場で仕事をしている。

だから今日は、

「ヘルプで入っている私に、そこまで目くじら立てなくてもいいじゃない」

そんな気持ちになった。

そして、自分が誰かに注意するときも、気をつけようと思った。

細かいことを正すことよりも、まず何が本当に大事なのか。

その優先順位を忘れない人でいたい。


13日がめずらしく休みだったので、

朝から馬をつくりお供えしました。

きゅうりが一本あったので


今年のお盆休みは夫と長男が

8日から16日までです

私は8日から三連休


長男息子は8日に飛行機で京都→大阪から帰省する為次男も待ち合わせして一緒に迎えて実家へ帰宅しました。


家族水入らずで過ごす事ができ嬉しい時間となりました。



盆前に買った、巨峰、シャインマスカット、

スイカ、メロン、みかん、、

ペロリと召し上がりまして、

2回目の買い物でお盆に飾りました。





頂きもの胡蝶蘭



便利なお盆用品もあるのね
便利な世の中になったのね













整える=捨てる

ではないと思います。


むしろ、
「今の自分に必要なものを残して、必要以上のものを手放す」こと。

だから、物だけじゃなくて、

  • 物を整える → 捨てる・しまう・使いやすくする
  • 時間を整える → やらないことを決める
  • 人間関係を整える → 距離を取る・無理に合わせない
  • 心を整える → 「こうしなきゃ」を手放す
  • 仕事を整える → 自分の責任と、他人の責任を分ける

ということなんですよね。



「捨てる」より「背負いすぎているものを下ろす」という感じが近い気がします。

「これは本当に私が背負うこと?」
「これは今の私に必要?」
「なくても困らない?」
「これをすると、自分の生命力は上がる?下がる?」

そうやって選んでいく。

だから、整えるって案外、自分を大切にするための選択なんですよ。🌿


「捨てられない自分」を責める必要もない。




昨晩、母からの電話

『病院の順番を取って欲しい』とお願いされました

足が痛くて歩けない!と、、


草刈りをいつもどおりして

それからおかしくなったという


整形外科は行きたくないからいつもの皮膚科にいきたいから順番を取ってて欲しいと言うのです


整形外科行くべきなんじゃない?

なんで皮膚科なのかを問うと

注射してくれるから、、


しかし母は言い出したら聞かない

まずは順番を取ることにして

電話を切った


翌朝、電話がきた、、


昨夜痛くて眠れなくて救急病院に息子と行っできた内容を話してきた

湿布を貰ったけど◯◯医院皮膚科も行きたいから頼むねって繰り返す母がとても不憫で気になったけど本人の済む様にしました。ところが


順番が来て看護婦の対応が塩対応すぎて驚いた


奥から先生がいらして
「ここは皮膚科だからね。」
と、母にもわたしにも分かるように、穏やかに説明してくださった。

一方で、看護師さんは、
「なんで来たの?」
「無理やりでも連れてけば。」

という言い方だったので、内容以前に、言葉が刺さってしまった。


医療現場は忙しく、看護師さんも「整形外科へ行ったほうがいい」という思いから出た言葉だったのかもしれません。でも、同じ内容でも伝え方は大切ですよね。

例えば、
「皮膚科では十分な検査ができないので、整形外科を受診されたほうが安心ですよ。」
と言われたら、受け取り方はずいぶん違ったと思います。

 今は専門分野ごとに診療が細かく分かれています。昔のように一人の医師が何でも診る時代とは違うので、「専門外なので整形外科へ」という判断自体は自然なことだと思う。


今日は、先生と母の希望を尊重しながら動き、その結果として「整形外科が適切」ということを改めて確認できました。それは次につながる大切な受診だったと思います。


以前の帯状疱疹で診てもらった事から先生に信頼を寄せてる母の気持ちもよくわかる、でも専門医じゃないからと言う先生の言い分ももわかる

そして、目の前の患者に出来ることをしてくれたら帰ります。母にも、

納得させますからと

私は伝えました。


そして、今回の出来事で感じたのは

看護師さんも変わったなーという思いです。

単に昔と比べているだけではなく、忙しい医療現場の中でも、やはり相手へのひと言の温かさは大切だと改めて感じました。


今日は本当に気を遣う一日でした。


先生の穏やかな対応を思い出して、「あの先生はちゃんと話を聞いてくれた」と、その部分を心の支えにします🌿


思い切って決断した、我が家の大きなメンテナンス


今年我が家はは大きな節目を迎えました。

築23年になる家。

家族6人で暮らした思い出がたくさん詰まった家です。

子どもたちが高校生だった頃、義父母も一緒に暮らしていた頃。
毎日の食卓、笑い声、忙しかった日々……。

今は家族の形も変わり、夫婦2人の時間が増えてきました。

そんな中で、ずっと気になっていた家のメンテナンス。

屋根や外壁の劣化。


見えないところで頑張ってくれている我が家を、そろそろ大切に手入れしてあげたいと思うようになりました。

最初は大きな金額に迷いました。

「本当に今やるべきなのか」
「この先のお金のことも考えなければ」

何度も考えました。

でも、家はただの建物ではなく、家族を守ってくれる場所。

雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、ずっと私たちを守ってくれた家への感謝の気持ちで、思い切って屋根と外壁塗装を決断しました。

色選びも悩みました。

夫が選んだ雨樋の色、屋根の色。玄関柱は思い切って黒に。





完成するまで「大丈夫かな?」という不安もありましたが、少しずつ生まれ変わっていく我が家を見ると、やって良かったと思えました。

そしてもう一つ。

長年頑張ってくれたお風呂の換気扇も交換しました。

築30年近いお風呂設備。
音も大きくなり、「まだ使えるかな」と思いながらも、毎日使う場所だからこそ快適さも大切にしたいと思いました。

新しくなった換気扇は、とても静か。





当たり前に使っていたものが新しくなるだけで、暮らしの心地よさは変わるんですね。

最近は断捨離にも取り組んでいます。

物を減らすだけではなく、
「今の自分に本当に必要なものは何か」
「これからどんな暮らしをしたいのか」

そんなことを考える時間が増えました。

家も、人も、手をかけることで輝きを取り戻す。

56歳からの暮らしは、我慢するだけではなく、
今まで頑張ってきた自分や家を大切にする時間でもあるのかなと思います。

大きな出費ではありましたが、
「ありがとう、これからもよろしくね」
そんな気持ちで迎えた我が家の新しいスタートです。



頼まれて始まった断捨離。片付いたのは部屋だけではありませんでした。『ありがとう。疲れたでしょう?』その叔母の一言で、私の疲れもふっと軽くなりました。誰かの暮らしが少し楽になるお手伝いができた一日。やっぱり断捨離って、物だけじゃなく、人の心まで整えてくれるんですね。






「わっしょい!」で餅つき大会?

むかーし昔のこと。

地域の餅つき大会に参加した時のお話です。

餅をつく人に合わせて、みんなで掛け声をかけますよね。

本当なら…

「よいしょー!」
「よいしょー!」

のはず。

ところが、司会の方が元気いっぱいにひと言。

「わっしょーい!」

えっ?

…と思う間もなく、

「わっしょーい!」

「わっしょーい!」

会場中のみんなが、何の違和感もなく大合唱(笑)。

もちろん私も、その流れに乗って元気よく

「わっしょーい!」

隣にいた夫だけが、小さな声でひと言。

「……餅つきって、『よいしょ』じゃない?」

その瞬間、

「あっ!!」

と気づいて、二人で大笑い。

でも不思議なもので、その場では誰も気づかず、みんな楽しそうに「わっしょい!」を連呼していました。

人って、みんなで声を合わせると、意外と疑わずについていくものなんですね(笑)。

あれから何年も経ちましたが、ふとした時に思い出しては笑っています。

思い出の中には、大事件じゃなくても、こんな小さな笑いがたくさん詰まっている。

そんな一コマが、私は結構好きです。😊



最近、我が家で断捨離を進めています。

今回は、家の一角にあるワークスペースと脱衣所を整えてみました。

以前は、「とりあえず置いておこう」が積み重なって、気づけば物が並ぶ場所に。




でも、一度全部出して、本当に必要な物だけを戻してみたら、不思議なくらい景色が変わりました。

ワークスペースは、机の上をできるだけシンプルに。

お気に入りのグリーンと小さな写真だけを飾り、余白を大切にしました。

脱衣所も、毎日使う物だけを出して、それ以外は収納の中へ。

収納ケースを揃えただけで、生活感がぐっと減って、自分でも驚いています。

断捨離というと、「物を捨てること」と思われがちですが、私が感じたのは少し違いました。

本当に整えたかったのは、物ではなく暮らしだった。

床に物がないから、ルンバも気持ちよく走れる。







掃除もしやすい。

朝、この場所に立つと気持ちがいい。

そんな小さな積み重ねが、毎日の暮らしを少しずつ変えてくれています。

まだ課題はあります。

写真を見返してみると、コードが少し気になる(笑)。

でも、それも「次はここを整えよう」と思える楽しみになりました。

完璧を目指すのではなく、少しずつ。

家が整うと、不思議と心にも余白が生まれます。

これからも、暮らしを楽しみながら、私らしい断捨離を続けていきたいと思います。🌿